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聖徳太子の石棺 大阪芸大の学食 [食い逃げ未遂]

大阪府の太子町のマンホールふた。
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日本書紀では聖徳太子(574 ~ 622)が定めたという
有名な十七条の憲法の最初の部分
「以和爲貴」ですね。

でも!これ!憲法?!
山寺の縁側で聞く仙人のつぶやきみたいですが。
今の日本国憲法と似てないじゃないですか。
無学なものには
憲法の定義が分からなくなります。

叡福寺(えいふくじ)は広い境内。
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篤(あつ)く深い太子信仰が
こんな大きな寺院を建てたのですね。
それはいつごろから始まったものでしょうか。

とりあえず聖徳太子の御廟に参拝。
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太子の石室の 1/6 の模型が
叡福寺の横の公園にありました。
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南に歩を進め!西方院の石段を上り
ふり返ってみる叡福寺。
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いい写真が撮れそうなロケーション。
ただし!センスがあればね。

さらに南の南林寺は
境内がさっぱりしていますが柿の実がたわわ。
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だれにも出会わない道を
敏達(びたつ)天皇(538? ~ 585)陵まで上ります。
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静かですね。

この町には有名観光地ほど道標がありません。
大阪市には道に伝い石が埋められていますが
太子町には電柱に
伝い標(?)が貼られているのですか。
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二上山が見えます。
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ミカンはこの町の特産品。



期せずしてここ数年
はしゃぎ過ぎた生活でした。
わが拗(す)ねた人生では珍しい期間かも。

なんの才能もないものがはしゃいでも
みっともないだけです。

疲れて、、、!
また!静かな日々にもどるのかな。

でも!ひとりも!ひとり歩きも!
やっぱり疲れてきた秋。
人生の冬の到来が近い。はは。



敏達陵の横の広大なキャンパス。
大阪芸術大学ですか。

どこに入り口があるの?!
大学は太子町ではなく河南町にあるのかも。

とぼとぼ迂回して
エントランスから一番近い建てものの中の
食堂で休憩させてもらいます。

一番安いランチを。
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400 円。
なに丼!?
それとも!なにライスと呼ぶのでしょうか。

食堂にいる学生たちはみな若い!当たり前ですが!
若さは華やいで見えますね。
「青春」はすごいことですね。
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