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年を食っている廣田家の豆めし [食い逃げ未遂]

「常夜燈」と書いてある
通称「住吉さんの高燈籠」
国道 26 号線沿いにあります。
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向こうの 6 階建ての集合住宅に
匹敵するほどの高さを誇っています。

住吉大社の創建も古いけど
高燈籠の歴史も同じように古いらしい。

この位置に移ったのは
近世のことと聞きますが
そんなに細かく詮索することもありますまい。

この前まで!このあたりは
どこも海岸か海の中のはずですから。

後白河法皇(1127 ~ 1192)の集めた
梁塵秘抄(佐佐木信綱校訂)にも

  沖つ風 吹きにけらしな 住吉の
    松の下枝(しずえ)を あらふ白波

なんて住吉大社の鳥居の際(きわ)まで
松や砂浜や波がせまっている歌が多くありますが。



この交差点から東にまっすぐ
住吉大社の太鼓橋まで延びている石畳は
「汐掛道」と命名されています。
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「しおかけのみち」と読むのか知らん。
住吉大社の神輿(みこし)が
海に出る道だそうな。



汐掛道に芭蕉の句碑が。
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  升買て 分別かはる 月見かな

「ますこうて ふんべつかわる つきみかな」
と読むのですね。
住吉大社と芭蕉といえば
すぐこの句が持ち出されますが。

「升の市」が有名だったことは分かりますが
この句の機微は
風流のかけらもないものには分かりません。

芭蕉全句集を見ると
51 歳のときの句。

季語は月見
月見は秋!

51 歳の秋?!
51 歳の秋に亡くなったのですよ!芭蕉は。
ま!命日は元禄 7 年 10 月 12 日
俳句の世界では冬ですけどね。

死の前に
大坂(大阪)の商人が喜ぶ
商売繁盛にご利益のある升を買って
芭蕉はどんな風に
分別が変わったのでしょうか。



そしてこの周辺は住吉公園。

滝の中のように目前に水のカーテンがある
モニュメント(?)が。
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なんの意味かよく分かりませんが。
向こうに見えるのは南海・住吉大社駅。



住吉大社駅から線路沿いに行った少し南に
「豆めし」の「廣田家」が。
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「豆めし」というのがいいですね。
「豆ごはん」じゃないんです。

日本語が気の弱いオカマのように変遷。
「めし」は下品なことばになっているようですが
「めし」を「食う」といっても
恥ずかしい日本語でもないような。
私は好きですけどね。

ついでにいうと
「食う」も使われなくなりつつありますね。
なにがなんでも「食べる」に置換するようです。

物価高に「食っていけない」を
「食べていけない」はまぁいいとしても
「蚊(か)に食べられた」とか
「ガソリンを食べるくるま」とか
立ちばなしに「時間を食べた」とか
私はつかいにくいですけどね。



廣田家といえば
天王寺駅近くのルーツが同じだと思われる店に
なん度か接待されたり
宴会に誘われたことがあるのですが。
自前では行ったことがありません!あは。

その店はもうありません。
こちらは健在のようですね。

ランチをいただきましょう。

ああ!高級ですね。
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1 番安い!
しかし!この店の伝統料理の
「豆めし」800 円をください。
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ああ!上品ですね。

周囲の客は全員!女性。
それも年を「食べた」!いや
お年をお召しになった女性ばかり。

なるほど。
そんなやさしい味でした。



(敬称略)
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