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善人が切腹!釈迦ケ池 [町道!街道!眠り未だ足らず]

大阪のベッドタウンの
吹田市に残っている大きなため池。
釈迦ケ池というのだそうな。

フェンスの向こうの木々に隠れてよく分かりません。
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大昔にはカモ(鴨)の飛来が多い池。
神か仏がおわします池なので禁猟区。
しかし!許可を取れば猟ができたとか。
どっちなんですか!?
よく分かりません。

よく分かりませんが
明治 13 年(1880)
旅行中のプロシアの 18 歳の王子が
カモ猟をして逮捕され
ブタ箱に勾留されてしまいました。

もちろん!
無許可でハデにドンパチと発砲したからです。

プロシアは
不当(!)な逮捕だと外交問題にしました。

外務省と大阪府が土下座して平謝り
最初に通報したおじいさんひとりに責任を取らせ
切腹させて決着しようとしたそうな。

どちらが悪いの?!
おじいさんになんの罪があるの!?
小役人の考えはいつの時代も変わりませんなぁ。

おじいさんがハラを切ったのかどうかは知りません。
明治も 13 年ですからね!その時代に切腹なんて、、、。



水面近くに降りてみたいのですが
行ける道があるのかどうか。
探すのもメンドくさいので
釣り人が足をかけて使っているためなのか
錆が落ちて光っているゲートを見つけて乗り越えて
急斜面をころがって降りましたが。すみません。

都市の中の池にしては自然豊かに見えます。
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水鳥の数は全然少ない。
池の中を名神高速道が横断していたり。
時代が流れて!仕方がないですかね。
昔はこのなん倍もの広さだったそうですが。



今!越えてきた丘が紫金山(しきんざん)かな。
里山です。
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これもよく保存されたものです。

春にはツツジ!
たぶん!このあたりでよく聞くコバノミツバツツジが
紫色に山を染めていたから
紫金山(しきんざん)といったらしい。

今は紫金山公園と名づけて
散策道路を毛細血管のようにめぐらし
大都市の中の緑地のように整備しているので
もう!タヌキなんかの小動物は
棲めそうにもありませんが。



この山で
登窯(のぼりがま)跡が見つかったそうです。
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その下あたりに
平窯(ひらがま)跡があるそうです。
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埋めもどされていて
外から見てもなんのこっちゃ。

平安京の建設時
ここの工房が瓦等を焼いて
大活躍したのですね。

このふたつだけ見て満足して帰ったのですが
周囲にはもっと分かりやすい窯跡が
いくつかあったようです。



この山ふところに
でんとあったのが吉志部(きしべ)神社。
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本殿は桃山様式というのだそうな。

慶長 15 年(1610)
吉志家次・一和兄弟の寄進で建築されたとか。

このあたりの地名が
岸部(岸辺)というのはこの神社からでしたか。



JR岸辺駅に向かいます。

偶然遭遇!住宅街の中に窯跡が。
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「七尾窯跡」だそうな。

後期難波宮の瓦窯跡。
先ほどの紫金山の窯跡よりまだ古いのですね。

このあたりには
豊富な適土があったのかも。



水たまりのような小さなため池に
カモがエサを取っていました。
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手が届きますが。
横をくるまも走っているのに。
のどかです。

もう!カモ猟はない時代ですか。



暮れなずむ住宅街に紛れ込みましたが。
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岸部の旧集落らしい。
入り組んだ生活小路が往時をしのばれます。

大きな屋敷もありました。
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庄屋だった旧・中西家。

中西家の近くに人目を引く建てもの。
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大光寺の聖徳太子堂かな。

1539 年創建の古い寺院のようですが
このお堂は 1939 年建築だそうです。

当時珍しい和洋折衷のデザインだとか。

たしかにこのあたり
歴史がありそうな村です。
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