矢田寺はアジサイの季節 [猫も歩けば棒立ち]
矢田寺に。
奈良県は大和郡山市の西の端
山の中にあります。
坂道を飽きるほど上って行かねばなりません。
山門をくぐっても石段が延々とつづきます。
石段の脇には墓石が並んでいます。
ここで眠れば寂しくありませんね。
大門坊の前を過ぎて
本堂が見えてきたら
「味噌なめ地蔵」が迎えてくれます。
新しい味噌を作ったとき
それを持参して
お地蔵さまの口元に塗ってお願いすれば
味噌は腐ることもなく
よい味になるそうな。
お地蔵さまといえば
ここ矢田寺は地蔵信仰の発祥の寺とか。
本尊は平安時代から地蔵菩薩だそうです。
創建は天武天皇。
7 世紀の終わりですね。
地蔵信仰が起きるずっと前のことですね。
そのときの本尊は十一面観音らしいのですが
詳しいことを知りたい訳でもありません。
矢田寺は「あじさい寺」として
関西では有名です。
1 万株あるそうです。
1 万株といえば
1m 間隔で植えたら 99m 四方。
2m 間隔で植えたら
ん? 198m 四方ですかね。
すみません!並木算(植木算)が
分からなくなりました!酒毒が回っています。ああ。
ま!そんな大変な面積と数ですね。
山中のことですから
斜面やら谷川沿いに咲いています。
あじさいに埋もれて
すべりやすい道をアップダウンしながら
善男善女(たぶん!)がそろそろ歩いています。
「短夜や まりのやうなる 花の咲」
「みじかよや まりのようなる はなのさく」
でしょうか。
小林一茶(1763 ~ 1827)の
文化 9 年(1812)のころの句
たしかに「鞠(まり)」のようですね。
余談ですが
一茶は多作です。
たくさんの句を残していますが。
でも!「あじさい」の句はあんまりないような。
関心が「まりのやうな」でおしまいかも。
「なでしこ」やら「ほととぎす」やらは
似たような句を数えきれないほど残しているのに。
「紫陽草や 帷子時の 薄浅黄」
「あじさいや かたびらどきの うすあさぎ」も
ありましたよね。
あ!すみません。
この句は松尾芭蕉(1644 ~ 1694)でした。
芭蕉も「あじさい」の句は少ないようです。
「あじさい」は薄い「浅黄(あさぎ)」色ですか。
これ!
「浅葱(あさぎ)」の漢字じゃないとまずいのでは。
「浅黄」では黄色になってしまうのでは。
「浅葱」は薄い藍!
水色のことじゃないでしょうか。
「あじさい」はそんな色が基本では。
今!広辞苑を引くと
「浅黄」は
① 浅い黄色。
やっぱり!
でも!つぎに
② 浅葱におなじ。
と書いてありました。
芭蕉の浅黄は浅葱のことでしょうか!
漢字は借字でもあるので
書くときには楽なように
画数が少ない方を
書いてしまう傾向がだれにでもあるようです。
でも!黄色っぽい花もありますね。
もうなにがなんやら!考えることをやめます。
谷の底ばかりではなく
上に!御影堂の方へ上ってみます。
土壌の関係からでしょうか
浅葱色の花ばかりが咲いています。
下の方には佃煮にするほどいた観光客が
御影堂のまわりにはいません。
おばあさん 3 人組がいただけ。
このあたりにも
「あじさい」は咲いているので
蝉噪(せんそう)嫌いな方にはおすすめ。
南僧坊では「あじさい御膳」が食べられます。
まだ!オープン前に訪ねて行ったのですが
値段が値段なので
予約をしないで出直します。
優柔不断な性格と
懐中不如意がタッグを組んで
胸の奥で様子をうかがっております。
熟考 1 時間半。
ええい!
後のことは知らん!
食べるだけ食べてから考えよう!はは。
坊にかけ込んだら
「ただいま!売り切れになりました」
ま!いつもそんな人生です。
門前の茶店でなにか食べさせてもらいましょう。
なにもありませんか。
「トマトがおいしいよ!地のトマト!」
高いなぁ!
スーパーの「桃太郎」の倍くらい。
空腹には負けそうで食べようと思ったのですが
満席だったので
1 籠求めてとぼとぼ坂道を下ります。
念佛院で金平糖を買います。
あじさいの形に包装しているだけですが。
ここで買えば 300 円。
寺の外で買えば 350 円。
よいこは頭に入れてお参りしてね。
田んぼの畔の木陰で
矢田寺の山を見ながら
昼食代わりのトマトをいただきます。
スーパーのものと違って
完熟トマトかな。
顔中!べとべと!
初夏の風の中。
奈良県は大和郡山市の西の端
山の中にあります。
坂道を飽きるほど上って行かねばなりません。
山門をくぐっても石段が延々とつづきます。
石段の脇には墓石が並んでいます。
ここで眠れば寂しくありませんね。
大門坊の前を過ぎて
本堂が見えてきたら
「味噌なめ地蔵」が迎えてくれます。
新しい味噌を作ったとき
それを持参して
お地蔵さまの口元に塗ってお願いすれば
味噌は腐ることもなく
よい味になるそうな。
お地蔵さまといえば
ここ矢田寺は地蔵信仰の発祥の寺とか。
本尊は平安時代から地蔵菩薩だそうです。
創建は天武天皇。
7 世紀の終わりですね。
地蔵信仰が起きるずっと前のことですね。
そのときの本尊は十一面観音らしいのですが
詳しいことを知りたい訳でもありません。
矢田寺は「あじさい寺」として
関西では有名です。
1 万株あるそうです。
1 万株といえば
1m 間隔で植えたら 99m 四方。
2m 間隔で植えたら
ん? 198m 四方ですかね。
すみません!並木算(植木算)が
分からなくなりました!酒毒が回っています。ああ。
ま!そんな大変な面積と数ですね。
山中のことですから
斜面やら谷川沿いに咲いています。
あじさいに埋もれて
すべりやすい道をアップダウンしながら
善男善女(たぶん!)がそろそろ歩いています。
「短夜や まりのやうなる 花の咲」
「みじかよや まりのようなる はなのさく」
でしょうか。
小林一茶(1763 ~ 1827)の
文化 9 年(1812)のころの句
たしかに「鞠(まり)」のようですね。
余談ですが
一茶は多作です。
たくさんの句を残していますが。
でも!「あじさい」の句はあんまりないような。
関心が「まりのやうな」でおしまいかも。
「なでしこ」やら「ほととぎす」やらは
似たような句を数えきれないほど残しているのに。
「紫陽草や 帷子時の 薄浅黄」
「あじさいや かたびらどきの うすあさぎ」も
ありましたよね。
あ!すみません。
この句は松尾芭蕉(1644 ~ 1694)でした。
芭蕉も「あじさい」の句は少ないようです。
「あじさい」は薄い「浅黄(あさぎ)」色ですか。
これ!
「浅葱(あさぎ)」の漢字じゃないとまずいのでは。
「浅黄」では黄色になってしまうのでは。
「浅葱」は薄い藍!
水色のことじゃないでしょうか。
「あじさい」はそんな色が基本では。
今!広辞苑を引くと
「浅黄」は
① 浅い黄色。
やっぱり!
でも!つぎに
② 浅葱におなじ。
と書いてありました。
芭蕉の浅黄は浅葱のことでしょうか!
漢字は借字でもあるので
書くときには楽なように
画数が少ない方を
書いてしまう傾向がだれにでもあるようです。
でも!黄色っぽい花もありますね。
もうなにがなんやら!考えることをやめます。
谷の底ばかりではなく
上に!御影堂の方へ上ってみます。
土壌の関係からでしょうか
浅葱色の花ばかりが咲いています。
下の方には佃煮にするほどいた観光客が
御影堂のまわりにはいません。
おばあさん 3 人組がいただけ。
このあたりにも
「あじさい」は咲いているので
蝉噪(せんそう)嫌いな方にはおすすめ。
南僧坊では「あじさい御膳」が食べられます。
まだ!オープン前に訪ねて行ったのですが
値段が値段なので
予約をしないで出直します。
優柔不断な性格と
懐中不如意がタッグを組んで
胸の奥で様子をうかがっております。
熟考 1 時間半。
ええい!
後のことは知らん!
食べるだけ食べてから考えよう!はは。
坊にかけ込んだら
「ただいま!売り切れになりました」
ま!いつもそんな人生です。
門前の茶店でなにか食べさせてもらいましょう。
なにもありませんか。
「トマトがおいしいよ!地のトマト!」
高いなぁ!
スーパーの「桃太郎」の倍くらい。
空腹には負けそうで食べようと思ったのですが
満席だったので
1 籠求めてとぼとぼ坂道を下ります。
念佛院で金平糖を買います。
あじさいの形に包装しているだけですが。
ここで買えば 300 円。
寺の外で買えば 350 円。
よいこは頭に入れてお参りしてね。
田んぼの畔の木陰で
矢田寺の山を見ながら
昼食代わりのトマトをいただきます。
スーパーのものと違って
完熟トマトかな。
顔中!べとべと!
初夏の風の中。