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雪丸くんの王寺町 [町道!街道!眠り未だ足らず]

「原は瓶(みか)の原 あしたの原 園(その)原」

なごんちゃん(清少納言)は
枕草子にそう書き残していますが。

別の段にも

「原はあしたの原 粟津の原 篠原 園原」

とも記しています。
2 度も「原」をとりあげていますが。

さらに「あしたの原」と「園原」は
2 度も書いています。
どうしてなのでしょう。

もっとも枕草子の原本は大昔に歴史から消えて
伝本も 4 系統に分かれているようで
それも交錯もしていたりして
なごんちゃんになりすました輩が
勝手に編集や改ざんをしているようで
困ったことだと真面目なお勉強家はいっていますが。

ともかく 2 度まで出てくる「あしたの原」
奈良県の片岡の里にあったそうな。

王寺町の芦田池。
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「あしたの原」の「池」だそうな。
「あしたの原」は「芦の田の原」でしたか。

もっともここに池を造ろうと
里人が相談しているのを聞いた聖徳太子が
その夜のうちに念力(?)をかけたら
朝(あした)にはできていたので
「あしたの池」だという説もあるとか
王寺町観光協会のリーフレットにありますが。

芦なんかはどこにもありませんね。
池もなん分の一かに縮小してしまっているようです。



芦田池の北に
小さな(ごめんなさい!)
私のようなバチあたりには
なんの変哲もないように見える
黄檗宗の寺院「放光寺」がありました。
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扁額は隠元の書!?
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なんとなくすごそう。

すごいんです!

かつてここには「片岡王寺(皇寺)」と呼ばれた
大寺院が建っていたそうな。

聖徳太子等の天皇・皇族の崇敬を集めていた
大変な古代の大寺院だったとか。

それでこのあたりが「王寺村」?!
今は王寺町らしい。

町名の元になった寺でしたか。



余談ですが
私の住んでいる隣の町には
天王寺駅とか天王寺区とか天王寺動物園とか
「天王寺」という単語が多いのですが
それは
「四天王寺」の「四」が省略されているそうな。

どうせ省略するのなら
「王寺」でもよかったのにね。

JRの大阪府の天王寺駅と
奈良県の王寺駅は
快速で 20 分もかかりません。

どちらも「王寺」なら混乱するので
1,000 年前の人は考えたのかも。
まさかね!ウソですからね!よいこは忘れてね。



わんこの足跡が!?
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JR王寺駅(近鉄・王寺駅 近鉄・新王寺駅)から
つづいています。
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「雪丸」の足跡!?

聖徳太子の愛犬の雪丸は
お経が読める賢明な高僧並みの犬だったそうな。
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雪丸(の足跡)が達磨寺に案内してくれます。

境内に雪丸がいました。
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この雪丸像は年代不詳。
相当古い?!
寛政 3 年(1791)の「大和名所図会」には
すでに描かれているそうですから。

雪丸塚。
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雪丸の墓という円墳。
「丑寅(北東)に葬るように」遺言したそうな。



達磨寺にはきれいな本堂がありました。

千手観音を真ん中に
左に聖徳太子!右に達磨大師。
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この地で聖徳太子と達磨大師が会談したのです。

ウソではありません。
2 賢人がそのときに座った石もあります。

ここで坐禅体験ができます。
とても気楽な坐禅です。
失言です!すみません。
私が体験した坐禅の中で
一番簡略な坐禅だったということですよ。

ただ!警策(きょうさく)で肩を
ばんばん打ってくださるのは
よそよりたくさん!のような。

とてもありがたいことです。

あ!ここは臨済宗ですから
「警策」は「けいさく」と呼ぶんでしたか?!
怖くて尋ねませんでしたが。



最近!王寺町のあちこちで
雪丸くんの活躍が目立つようになりました。
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タグ:枕草子
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