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片葉の葦 ホテイアオイの花 [草のゆかり]

5,000 年前の地図を見ると
今の大阪城あたりから住吉大社あたりまで
南北に半島があります。
今の谷町筋が通っている上町台地です。

その半島の西側が大阪湾。
東側が河内湾。

半島の先の
後の大阪城のあたりから千里丘陵までは
海峡になっていたようです。

東側の河内湾は生駒山のふもとまで。

海ばっかり!大変シンプルです。
大阪市のほとんどは海の中だったのですね。

その地形は今も変わらず
上町台地から東西の昔の海だったところへは
下ることになります。



阿倍野区の西の端を歩けばその地形!
崖(!)になっています。
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高台のこちらの方が阿倍野区
崖下に広がっているのが西成区でしょうか。

難波津(なにはづ)を
  今朝こそみつの うらごとに
    これやこの世を うみ渡る舟

「むかし男ありけり」の男(たぶん!在原業平)が
領地のある難波津にきて渚を見たら
たくさんの舟に驚いたようです。

この男の時代になると
河内湾は河内湖になり
その河内湖も消えつつあったころ。

西側の大阪湾も淀川!大和川の運んできた
多量の土砂の堆積と
地球規模の海面の低下によって(たぶんですよ!)
渚が後退して行き
一面の葦(あし)の浜辺になり
貿易船がたくさん係留されていたようです。

余談ですが恋多きこの男は
世渡りはつらいと嘆いているだけかも。

「みつ」は「御津」と「見つ」を
「うみ」は「海」と「憂(う)み」を
かけてあることを踏まえて
鑑賞しなければいけないらしいけど
メンドくさいので!それはさておきます。



崖下に草原(もしかして湿地?)があります。
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葦があります。
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これは業平のころの葦の子孫なんでしょうか。

ときどきマスコミに取り上げられる
西成区天下茶屋東の
「なにわの原風景」を残す湿地は
このあたりなんでしょうか。

小さな面積ですが。

もし「なにわの原風景」なら
「片葉の葦(かたはのよし)」があるといいます。
「葦」を「あし」と読まず
「よし」と発音しなければならないようですが。

「片葉の葦」は
ひとつの方向にだけ葉を出している葦。

葦にはよく出る性質と聞きましたが。
なぜか各地でそれぞれの物語や
思い入れができているようです。

この区にも「保存会」があると聞きます。

それかどうか立ち入り禁止で確認はできません。



わが家の庭(!)の桃ケ池にも
だれかが「片葉の葦(よし)」を
蓮池のほとりに植えています。
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ケチをつける気はさらさらないのですが
大部分の葦の葉は
四方にランダムに出ているような。
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環境に左右されるのかも知れませんね。



あ!おなじ桃ケ池に!?
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ホテイアオイじゃないですか!
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すごく大きく育って!涙が出そう、、、。

昨年の晩秋!そこに放しておいたのです。

2、3 年前まではわが家の水槽で
ホテイアオイはランナーを出してつぎつぎに増え
たちまち水槽を覆ってしまうので
1 月に 2 度くらい間引いていたのですが
2 年くらい前でしたか
縮んで消えてしまうようになりました。

同じ水槽で同じ場所ですが。
新しく入れたものも
少し繁殖してまた枯れ始めます。

水槽の中に棲息する
魚類や貝類などの変化かも知れません。

昨年の秋に弱った株をいくつか
池のほとりの崩れてできた水たまり(?)に
放しておいたのですが。

そこはコイやアカミミガメやカルガモの
侵入しにくいエリアですから。

下に根を下ろしたのか
大きく育っています。

花も 1 輪!
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繁殖力旺盛なるがゆえ嫌われものの
ガマがやってきて共棲(?)しています。

それがよかったのかも。



(石田譲二訳註/伊勢物語/参照)
(敬称略)
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