高取 町家のひなめぐり 2017 [町道!街道!眠り未だ足らず]
奈良県高取町です。
「町家のひなめぐり」(2017/03/01 ~ 31)です。
毎年 3 月中開催されているような。
それぞれの思い出のあるおひなさまを
それぞれの家の
いろんなところに飾っています。
背伸びして見せてもらいます。
足元におわします。
参加している町家は 94 を数えます。
町家とひと口でいうものの
店舗や寺院や役場や消防署や近鉄の駅や
屋外の広場や道の脇や、、、!
町中のあちこちに展示してあります。
特大のおひなさま。
小さくて可愛いもの。
西洋風なもの。
新しい段飾り。
一閑(いっかん)張りで作られているそうな。
和紙と柿渋でとても丈夫なものができています。
わぁ!土人形!
私にはちょっとだけ懐かしい。
掛け軸のおひなさま。
明治時代のものだそうな。
いくつかの展示にはその思い出!
思い入れの書かれた色紙が添えられています。
私には桃の節句にも端午の節句にも
思い出も思い入れもありません。
「オカマだから!?」
失敬な。
おフランス人(?)だからですよ。
おね~さんのひな人形は?!
「小さなガラスケース入りのがあるけど」
来年にはそれでお祭りしましょう。
「出して見たくもないよ」
「それにしても」
「もう 4 月になるのに遅いのでは?!」
そうでもないと思います。
そもそも旧暦の行事を
新暦でするから無理があるのでしょう。
まだ 2 月でしょ!旧暦では。
寒い!
今年の旧暦の 3 月 3 日は新暦では 3 月30 日!
ことほどさように
明治以降は日本全国あちこちで
4 月の 3 日とか 4 日に
桃の節句を祝ってきたはずです。
「それはオカマの日じゃないの?!」
「カルーセル麻紀なんかがいっていたよね」
昭和 22 年(1947)4 月 4 日
高松宮の日記を見ると
おひなさまを見せるために
「アメリカの赤十字関係者」約 40 人を
招いています。
皇族でも
4 月にひな飾りをしているじゃないですか。
菜の花や 空たれさがり、、、!
「最後までいいなさい」
とっさの思いつきですから。
いってもいいですけど!笑うでしょ!
菜の花や 空たれさがり 乳首立つ
「ヘンタイ!」
だからいいたくなかったのに。
今日のおね~さんのバストの位置が
いつになく高いもので。
ここはメイン会場の雛の里親館。
山城の高取城をトップにして
城下町を表しているようです。
「町家のひなめぐり」の中心は
山の上の城に向かって
ゆるやかに上る土佐街道沿いです。
土佐街道の「土佐」とは
6 世紀の初頭!
土佐から労役のために連れてこられた人たちが
帰れないで住み着いた集落だからだそうですよ。
仏教が伝来していたかどうか
分からないほどの大昔。
すごいですね。
それからずっと
「土佐」の「アイデンティティ」を
共用して暮らしているとは。
城代家老の役宅だった植村家長屋門。
このあたりまでくる観光客は少ないですね。
まだまだ「おひなさま」の展示はあるのに。
これ!おひなさまですか!
今年の干支の「酉雛(とりびな)」だと
おばあさん 3 人組がいいます。
おばあさんたちが素朴なものを売っていました。
買いました。
重いよ~!
60cm ほどの椎茸の榾木(ほだぎ)300 円。
1kg を越えている水菜は 100 円。
ここは「くすりの町」ですから
大和当帰(とうき)の
ティーバッグをもらいました。
婦人病に効くそうな。
さっそく!いただかねば。
「あなたは飲まなくてもいいの!」
この日の
アラフォー(around 40)のおね~さんの作句。
菜の花に 抱かれし恋が 遠くなる
春おぼろ 土佐街道の 後庭花(こうていか)
拙句は。
菜の花や 空たれさがり 人は逝く
「乳首から離れても!寂しいのね」
寂しいのは「後庭花」のほうでしょう。
じゃ!
菜の花や 空たれさがり 迷ひ道
「どうしてもたれさがらせたいのね」
「おひなさま」も詠んだのですが
脳に春霞が漂っていて隠してしまいました。
(高松宮宜仁親王著/高松宮日記/参照)
(敬称略)
「町家のひなめぐり」(2017/03/01 ~ 31)です。
毎年 3 月中開催されているような。
それぞれの思い出のあるおひなさまを
それぞれの家の
いろんなところに飾っています。
背伸びして見せてもらいます。
足元におわします。
参加している町家は 94 を数えます。
町家とひと口でいうものの
店舗や寺院や役場や消防署や近鉄の駅や
屋外の広場や道の脇や、、、!
町中のあちこちに展示してあります。
特大のおひなさま。
小さくて可愛いもの。
西洋風なもの。
新しい段飾り。
一閑(いっかん)張りで作られているそうな。
和紙と柿渋でとても丈夫なものができています。
わぁ!土人形!
私にはちょっとだけ懐かしい。
掛け軸のおひなさま。
明治時代のものだそうな。
いくつかの展示にはその思い出!
思い入れの書かれた色紙が添えられています。
私には桃の節句にも端午の節句にも
思い出も思い入れもありません。
「オカマだから!?」
失敬な。
おフランス人(?)だからですよ。
おね~さんのひな人形は?!
「小さなガラスケース入りのがあるけど」
来年にはそれでお祭りしましょう。
「出して見たくもないよ」
「それにしても」
「もう 4 月になるのに遅いのでは?!」
そうでもないと思います。
そもそも旧暦の行事を
新暦でするから無理があるのでしょう。
まだ 2 月でしょ!旧暦では。
寒い!
今年の旧暦の 3 月 3 日は新暦では 3 月30 日!
ことほどさように
明治以降は日本全国あちこちで
4 月の 3 日とか 4 日に
桃の節句を祝ってきたはずです。
「それはオカマの日じゃないの?!」
「カルーセル麻紀なんかがいっていたよね」
昭和 22 年(1947)4 月 4 日
高松宮の日記を見ると
おひなさまを見せるために
「アメリカの赤十字関係者」約 40 人を
招いています。
皇族でも
4 月にひな飾りをしているじゃないですか。
菜の花や 空たれさがり、、、!
「最後までいいなさい」
とっさの思いつきですから。
いってもいいですけど!笑うでしょ!
菜の花や 空たれさがり 乳首立つ
「ヘンタイ!」
だからいいたくなかったのに。
今日のおね~さんのバストの位置が
いつになく高いもので。
ここはメイン会場の雛の里親館。
山城の高取城をトップにして
城下町を表しているようです。
「町家のひなめぐり」の中心は
山の上の城に向かって
ゆるやかに上る土佐街道沿いです。
土佐街道の「土佐」とは
6 世紀の初頭!
土佐から労役のために連れてこられた人たちが
帰れないで住み着いた集落だからだそうですよ。
仏教が伝来していたかどうか
分からないほどの大昔。
すごいですね。
それからずっと
「土佐」の「アイデンティティ」を
共用して暮らしているとは。
城代家老の役宅だった植村家長屋門。
このあたりまでくる観光客は少ないですね。
まだまだ「おひなさま」の展示はあるのに。
これ!おひなさまですか!
今年の干支の「酉雛(とりびな)」だと
おばあさん 3 人組がいいます。
おばあさんたちが素朴なものを売っていました。
買いました。
重いよ~!
60cm ほどの椎茸の榾木(ほだぎ)300 円。
1kg を越えている水菜は 100 円。
ここは「くすりの町」ですから
大和当帰(とうき)の
ティーバッグをもらいました。
婦人病に効くそうな。
さっそく!いただかねば。
「あなたは飲まなくてもいいの!」
この日の
アラフォー(around 40)のおね~さんの作句。
菜の花に 抱かれし恋が 遠くなる
春おぼろ 土佐街道の 後庭花(こうていか)
拙句は。
菜の花や 空たれさがり 人は逝く
「乳首から離れても!寂しいのね」
寂しいのは「後庭花」のほうでしょう。
じゃ!
菜の花や 空たれさがり 迷ひ道
「どうしてもたれさがらせたいのね」
「おひなさま」も詠んだのですが
脳に春霞が漂っていて隠してしまいました。
(高松宮宜仁親王著/高松宮日記/参照)
(敬称略)