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朝食おそうざいバイキング 御苑の秋の桜 [朝食 モーニングサービス]

京都の四条通りに交差する
柳馬場通りを北上すれば
大学生協が運営しているホテル
コープ・イン・京都があります。
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その 1 階の「レストラン パティオ」で
朝食をいただきます。

税込み 1,000 円の
「朝食おそうざいバイキング」です。

まず!ごはんにみそ汁。
それに和洋のおそうざいを。
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納豆と海苔もあったのですね。
ごはんはもう食べたけど
おかずだけでも食べられる
器用さを持っています。
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パンとミルクと生野菜。
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コーヒーとデザートと
取り忘れていた豆腐と。
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あと!ドリンクがいくつかと
そうざいが 1、2 あったかと思いますが。

もう!夜まで大丈夫!たぶん。
そのほうが体にも財布にも
特に健康にもいいでしょう。



おなかいっぱいで
そろりそろりとさらに北上すれば
なにも考えなくても!
ま!おなかいっぱいでなくても
なにも考えずに歩いていますが!
京都御苑にあたりました。

十月桜(たぶん!)が咲いています。
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京都御所に参観。

あれ?!
紫宸殿(ししんでん)の西の月華門
いつも開いていましたか。
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正面の南の承明門が工事中でした。

それにあちこちが工事中
仮設の大屋根だらけです。
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紫宸殿には東の日華門から入りました。

「左近の桜」ですね。
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平安京の初めのころの建て方なら
「左近」は「梅」でしょうけど。

あんまり紅葉はありませんね。
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御所の中にススキが!
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なんだか庶民的な。



御所の北の御苑の桜・ソメイヨシノ!
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健在じゃないですか!

芯がなくなって
外の皮だけを
竜巻のようにねじりながら生きている桜。
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この秋には関西に
大きな台風がなん度も襲来して
京都御苑にも被害があったようなのに。

わが家の庭(?)の
桃ケ池の花桃の 1 本も
皮 1 枚だけで生きて
この春にも
たくさんの花を見せてくれていましたが。
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台風に折られて
他界してしまいました。

それなのに
なにごともなかったような
京都御苑のトルネード桜。

涙が出そうになりました。
秋風がまぶしかったからですよ。



余談ですが
普段の私の食事は
少食で不健康きわまります。

割り勘とお呼ばれときには
人が驚くほど食べられますが。

この日!この後!昼は予定通り抜き
夜になっても酒を飲んでいたら
なんとなく 1 日が終わりました。
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奈良監獄に入りました [南都有情]

旧・奈良監獄です。
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長い赤いレンガの塀が取り囲んでいます。
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表門に 12 時半に着きましたが。
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明治 41 年(1908)竣工の
「明治の五大監獄」のひとつ。
昭和 21 年(1946)から
奈良少年刑務所となって
平成 28 年(2016)閉鎖。

それから最後(?)の見学会を
なん度かしなかったですか。
都合がつかず
私は参加できなかったのですが。

また「最後」の見学会?!
「奈良 赤レンガ FESTIVAL」
(2018/11/23 ~ 25)です。

まぁ!細かいことはいい。
初日(23 日)は
13 時から入場できるというので
そのチケットを入手したのですが
すでに長蛇の列。

入場が始まってゲートに到達したら
13 時の人はあちらだとか。
じゃ!今入場しているのはなんなの!?
別に
お手盛り(!)のチケットでもあるの?!

まぁ!細かいことはいい。
並んだら!
どんどん遠くに連れて行かれました。
表門ははるかかなた。
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並んでまで!
監獄に入りたい(?)人の多いこと。

着いてから 50 分ももたもたして入場。
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コンサートや
「よしもとのライブ」などの群れもあって
誘導が混乱しています。



いろいろ展示していました。
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鉄格子がいっぱい。
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中央看守所。
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第一房から大五房までの舎房を
一望で監視できるように
舎房を放射状にして
その要の位置にあるのですね。

延々と舎房が延びています。
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真下の 1 階もおなじ。
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狭いけどひとり部屋なんですね。
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雑居房は少なく
600 人から
800 人ばかり収容していたようですから
想像を絶する舎房数ですね。

アパートみたいです。
トイレと洗面器がついていますが
冷暖房はありません。

部屋にある金ものを押したら。
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外の金属板が倒れました。
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浴室?!
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狭い。



重塀禁房!?
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懲罰室ですね。
暗い中に閉じ込める恐ろしい部屋。
身心が変調をきたすそうな。

あら!女性の裸を落書きしています。
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むしろ!まだ!
これを描いた人は懲りてないのでは。



外に出てみます。
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レンガ造りも丈夫なものですね。
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あまり色気を感じさせるものはありません。
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これからどう活用するのでしょう。



奈良監獄のビールを売っています。
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缶入りは 700 円!
カップ入りのは 600 円!?

それに 1,500 円払えば
舎房を 45 分利用できるとか。
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すごい商売をしていますね。

酒場!?
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クラフトビールフェスティバル!

外では飲食のブースが並んでいます。
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それにいろんなものを売っています。

ちょっとおふざけが過ぎませんか?

ああ!だからお祭り!
「FESTIVAL」なんですか!



やたら高価なものばかり。
なにも飲食はしないで
疲れたので帰ります。
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午後 3 時を回っているのに
まだ!どんどん人がやってきています。
儲かりますね。
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蘭館珈琲 王羲之の蘭亭序 [朝食 モーニングサービス]

大阪・ミナミの地下街を
朝も早くから歩いていましたが。

地下は迷路のように発達していて
田舎もんは迷子になりますね。
地上を歩いていても
方向音痴には大変なのに。

唐突ですが
大和川は奈良を出て
西に向かっていて
今の柏原市あたりで
北に曲がっていたようです。

それを 1704 年!
曲がらずにまっすぐ流れるように
付け替え工事をしたと聞きます。

だから増水時に
その曲がり角あたりで決壊したら
たぶん!なん時間もかからず
ミナミの地下街は満水になるはず。

すごいことですね。
ちょっと!見てみたい気もしますが。
自分だけが取り残されるかも。

そんなことを考えていたら
地下街を歩けませんね。
そんなことを考えて歩いている阿呆も
他にはいないでしょうけど。



朝から疲れて(?)お茶にします。
ぜいたくですね!喫茶店に行くなんて。
稼ぎもないものが。
それだから自滅したいときもあるのです。

蘭館珈琲ハウス(なんばCITY)が
ありました。
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コーヒーが上等!
はやいはなし!
高価で有名なところですかね。
敬して遠ざかっていましたが。

プチパンがふたつの
モーニングセットをいただきます。
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570 円。
やっぱり!私には高価な朝食です。



ん!?
王義之蘭亭序!
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すごいものを掲示していますね。
ああ!
屋号はここからとっているのですか。

「王義之」は
「王羲之」と書くのがホントでしょうけど。
日本にはなじみのない活字ですね。
ま!王義之でも意味が通じればいいかも。

それはともかく
書といえば王羲之!
王羲之ときたら蘭亭序。
意味も分からずいってしまう
したり顔の自分に笑いますが。

少し考えると疑問が湧きます。

「永和九年歳在」の後に
「癸丑」を小さく無理やり(?)に
割り込ませているような!
まるで下書きのような!
そんな作品が珍重されるとは。

蘭亭序といえば
この形(?)をよく目にするような。

でも!蘭亭序に
真跡は残ってないとも聞きますが。

唐の太宗が王羲之の書の全てを集めて
それとともに埋葬されたと
記録されているそうな。

今ごろ土にもどっているのでしょう。

それではあの蘭亭序はなんですか?!

模写!写本?

たとえば枕草子の元本がないのも!
写本が伝わっているのも!
私のような灰色の脳でも
理解ができないこともありません。

能筆家の字でも
ミミズのチャールストン字でも
枕草子の文章は写せるでしょうけど
「書」というのか
「筆跡」といえばいいのか
そんなもの!
手書きでコピーできるのですか。



日本を代表する書家の空海も
お手本にしたらしい。

すると
「書体」というのか
「フォント」といえばいいのか
それが重要?!
王羲之が発明(?)した
「行書体」に意味があるのでしょうか。

王羲之の真跡は
太宗が持って遠い世界に行きましたが
太宗が模写!模刻させた作品が
この喫茶店にも掲げられているもの!?



中国では清のころから
蘭亭序は偽書説があるとか。

王羲之ともあろう人が
あんな幼稚な文章を
作るはずがないというもの。

近年でも
王羲之の筆ではないという
証拠があるとかないとか。

日本は
真実は隠したがり
芝居などの
偽作のほうを喜ぶ国民性なので
蘭亭序の評価は高いままなのかも。



朝から疲れて
さらに疲れることを考えているなんて
自分はなんとつまらん!
生産性のない存在でしょう。はは。

冷えたコーヒーが苦く感じます?!
そんな繊細な神経でもないですけどね。



(榊莫山著/新・路傍の書/参照)
(敬称略)
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清水寺から清閑寺へ 紅葉を焼いて酒を [平安京有情]

高倉天皇は紅葉が好きで
小山を築(つ)かせ
櫨(はじ)や楓樹(かへで)を植えさせて
「紅葉(もみぢ)の山」と
名づけていたそうな。

平家物語の
「紅葉の事」の段にありました。

そのとき!高倉天皇は 10 歳!?
満 7 歳にならないうちに
即位しています。

その前の六條天皇は
満 1 歳にならないときに
その後の安徳天皇は
満 2 歳にならないときに
即位しているので
遅いくらいです。はは。

「ある夜 野分 はしたなう吹いて
「紅葉みな吹き散らし
「落葉すこぶる狼藉なり

風が吹いてみんな散っちゃった!

下働きの人たちが落ち葉をかき集めて

「酒あたためてたべける薪にしてけれ

風がはげしく寒かったようで
薪(たきぎ)にして
酒をあたためて飲んだというのです。

奉行の蔵人(くらんど)が
なんということをしたのだ!
天皇の逆鱗にふれて
おまえたちも自分も
流罪(るざい)になるぞ!
驚いたのですが。

しかし高倉天皇は
「林間煖酒焼紅葉」を
だれが教えたのか!と
「御快(おんこころよ)げに」
笑ったとか。

高倉天皇は
よほど早熟で聡明な人だったのか
平家物語を書いた人が創作したのか。



「林間煖酒焼紅葉」は
白楽天の七言律詩の
「送王十八帰山寄題仙遊寺」の
中にありますが。

林間煖酒焼紅葉
 (りんかんにさけをあたためて
 (こうようをたき)

石上題詩掃緑苔
 (せきじょうにしをだいして
 (りょくたいをはらう

律詩としては
評価が高いとはいえないのに
この文句は日本人には
大昔から好まれていたのですね。

しかし!

「紅葉を焼(た)いて酒をあたため
「緑苔をはらい詩を題して

と書くのが普通ではないでしょうか。
白楽天の逆さの表現が詩なんでしょうか。
押韻の関係ばかりでもないのかも。



その後 20 歳にもならずに崩御した
高倉天皇に会いに行きます。

清水山の南に陵があるようです。

たぶん!今ごろは紅葉の中でしょうから
日本酒をささげて
「林間煖酒焼紅葉」を感じましょうか。

東山三十六峰を
北からか!南からか歩いて行こうかと
「京都一周トレイル」の地図を持参して
京阪電車に乗ったのですが
メンドくさい!と
すぐ!なまけ癖が出て
急きょ!
清水寺を経由して近道することに。

最近!あんまり意識しないのに
私の足は勝手(?)に
ゆるやかに「茶わん坂」を進み
「あさひ坂」をはいあがり
「清水坂」に出ていますね。
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清水寺の仁王門をくぐり
三重塔の横に立てば
京都タワーのある町が見えます。
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横切るだけですが拝観料を払います。
400 円!?
200 円以下だったような!よくきたころは。
すごいですね!
なんにもしなくてもときは流れています。

わ!
清水の舞台は仮設の足場の中。
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通過するだけ!
この囲い!
それで 400 円は高いよ~!

せめてひととき観光客気分になって
足場の陰から見る子安塔。
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あちらが東ですね!逆光です。

奥の院から大屋根を見ても
面白いことはありませんが。
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子安塔に寄ります。
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芋の子を洗うような人は
ここまできませんか。
すぐ近くなのに。



清水寺はおしまい。

子安塔から舞台のほうにはくだらずに
南に山道を進めば
「京都一周トレイル」に合流。

すぐたくさんの標識が勝手に
チャールストンを踊っているような分岐。
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高倉天皇陵や清閑寺などの参道ですね。

と!いきなり天皇陵。
無茶苦茶荒れていますが。
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六條天皇清閑寺陵と
高倉天皇後清閑寺陵と書いてあります。

合祀されているのかふたつあるのか
確かめようもありませんが。



さらに進めば高台に清閑寺の境内。
古刹(こさつ)!山寺の雰囲気。

鐘楼前には
「大西郷月照王政復古謀議舊趾」の碑。
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西郷隆盛と月照が謀議した茶室の跡?!
なんのことやら。
歴史にうといものには分かりません。

小督局(こごうのつぼね)を
供養する塔がありました。
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平家物語の「小督の事」にある女性ですか。

高倉天皇は小督が好きだったのですが
天皇の中宮の徳子は
ときの権力者・平清盛の娘。

清盛は
「徳子だけ愛さんかい!ワレ~!」と怒って
小督を
この清閑寺で尼にしてしまったのですね。

今は高倉天皇とおなじところで
眠ることになって!よかったですね。



酒をあたためることも
詩歌を吟じることもなく帰ります。
もう一度!
清水寺を通過できるのでしょうか。
初めの拝観券で。



(平家物語/佐藤謙三校註/)
(石川忠久著/白楽天100選/)参照
(敬称略)
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飛び魚の絵馬 今熊野観音寺の紅葉 [平安京有情]

京都市東山区の剣(つるぎ)神社。
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創建のときに
重要な剣を埋めたからでしょうか。

私は剣が集まってきたからじゃないかと
ひそかに思っています。

なんの剣かというと
死体が抱いていたもの!?

このあたりは「とりべの」
平安京の葬送の地。
庶民のそれは
風葬に近い簡単な野辺の送りだったはず。

それでも守り刀くらい
持たされていた人もいたのかも。

その刀や剣がころがり出てくることも
まれではないでしょう。
その処分に困りますよね。
それが集まってきたと考えてしまうのですが。

この神社の絵馬は「トビウオ(飛魚)です。
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上がオス!下がメス!たぶん。
下のトビウオは口紅をしているから?!

神さまがトビウオ好き!とも聞きますが。
海から遠い里なのに!?

ここの神さまに「願掛け」のときには
トビウオ断ちをするのでしょうか。
それなら比較的!というより
全然楽な食物断ちですね。あは。

トビウオ!
やっぱり!剣に似ていませんか。



剣神社の近くに
なごんちゃん(清少納言)の仕えた
中宮・定子の眠る
鳥戸野(とりべの)陵があります。
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高貴な人の葬送地は
豊臣秀吉の豊国廟がある
阿弥陀ケ峰(拙ブログ 2018/09/29)の南西。
そこは「とりべの」には違いありませんが
漢字で書けば「鳥戸野」だとか。

ちなみに阿弥陀ケ峰の北西は「鳥辺野」
庶民の死体が投げ置かれた(?)ところ。

上記の逆を
説かれる方(瀬戸内寂聴)もいますが
はたして。

「鳥部野」と書いておけば
両方を指して無難な(?)ようです。

鳥戸野陵は静かです。
だれもあがってきません。
眼下に京都タワーが見えます。
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「枕草子」の中では
あんなに生き生きとしている
聡明な人たちも
その期間は短く
定子が 24 歳で一期を終え
同時になごんちゃんの消息が消え
一条天皇も藤原道長にあやつられ
32 歳で崩御しています。

出自は卑しく
脳みそは軽いオラの人生。
これでよかったのかも。
ま!なにもなくても気楽ですから。



鳥戸野は日本の王家の谷。
天皇や皇族の陵が集中しています。
その中心に
泉涌寺(せんにゅうじ)があります。

北の塀の外からのぞくと
(よいこはマネしてはいけません)
秋なのに
あんまり紅葉はありませんね。

大きな仏殿の前にぽつんと
緑!黄!赤のモミジがありました。
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反対側の下方が赤く燃えています。
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すずやかな白い花の群れと
気になる白い垣もあります。

来迎院ですね。
下に降ります。
ああ!白い花はサザンカ(山茶花)かな。
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きれいな白い垣は竹で編んだ垣。
なんという名前の垣なんでしょうか。



来迎院の北は今熊野観音寺。
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鳥戸野陵に向かって!もどっています。はは。

弘法大師が紅葉の中におわします。
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上からお大師さまの背を撮ったりして
すみません。
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東側の山上の医聖堂(多宝塔)に向かい
鐘楼の横を通ると
公孫樹(いちょう)の葉が
散り敷いていました。
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あ!?
葉がとても小さい。
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樹は幹回りが 2.5m 以上ありそうな
大木なのに。
こんな種類なんでしょうか。

ちなみに私の近隣の寺の
公孫樹の葉(下記画像の左側)は
横の長さが
10cm 以下のことはありません。
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右側の葉がここの公孫樹のもの。
5cm ほどじゃないですか。

紅葉ばかりに気を取られていましたが
ピンクの花をたくさんつけた木々を
ジョロウグモがながめています。
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花はサザンカでしょうか。

今熊野観音寺は
紅葉祭(2018/11/17 ~ 25)中でした。
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泉涌寺道をくだって行けば
どんどん人が増えてきます。

今年も
「大陶器市」という
「泉涌寺・東福寺 窯元もみじまつり」を
開催していました。

以前と(拙ブログ 2016/11/23
おなじようなので今回は参加しませんが。

JR(および京阪)の東福寺駅の周辺は
平日なのに
佃煮にしてもあまるほどの人のかたまり。

東福寺の通天橋の
「もみじ」見学目当てでしょう。

その人の波をかき分けて帰ります。
この街にきたらなぜか思い出す
「赤飯まんじゅう」(130 円)を買って。
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ちなみに右は
「お火焚きまんじゅう」(190 円)
京都のこの季節によく見られる
あん入りの
蒸したシンプルなまんじゅうです。



(瀬戸内寂聴著/古都旅情/参照)
(敬称略)
タグ:枕草子
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