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新鉢割った 毒梨食った [はなしのはなし 食えぬ梨]

境内の東南の隅の高い木に
突然!花が咲いて
握りこぶしより大きな実が
50 個近く生りました。

「和尚さま!これはなんですか。

小坊主の水建(すいけん)が問うと

『梨(なし)の実のようじゃの。

住職の稲水(とうすい)が答えました。

『わしがこの寺にきた 20 年前に
『もうすでに
『軒(のき)の高さを越えていたが
『1 度も花を見なかった。

「いずれ赤くなるのでございますか。

『おまえさんのいうのは赤梨じゃな。
『これは青梨じゃ!赤くはならぬ。

このあたりでは赤梨ばかり。
青梨を見た人は少ない。

『たぶん!毒梨じゃろ。
『さわるんじゃないぞ。

でも!水建はふしぎに思います。
梨の実が減っているのです。
夜中にこっそり見ていると
和尚が品定めをしています。

よく熟れていそうなものを
ひとつとって行きました。
和尚はひとりで食べていたのです。



さむらいがやってきました。
この村の分限者(ぶげんしゃ=金持ち)の
三男ですが
武士の株を買ってさむらいになり
お城づとめをしています。

『これはこれは五右衛門さま。

「ご住職!これは?

『青梨でございましょう。
『樹齢がおそらく 30 年。
『初めて実をつけました。

「青梨とは珍なるもの。
「ひとついただけませぬか。
「殿がたいそうな食通で
「珍しい食材を日夜お探しゆえ。

『それなら!おひとつどうぞ。



翌日!また五右衛門がやってきました。

「ご住職!殿がお喜びです。
「できるだけたくさん
「求めてこいとのことです。
「1 個 1 両は出しますから
「全部ゆずってはくれぬか。

『承知しました。
『もう少し!完熟をお待ちあれ。



その日!本山から
昔なじみの僧がやってきました。

稲水が本山の
典座(てんぞ)だったころの同輩です。
典座は食事係のことですが
この宗派では重要視されている職務です。

本山の大きな塔頭(たっちゅう)の
極楽院の和尚が床に伏して 1 年。
もう先がないだろうとのこと。

そこで!つぎの和尚が決まるまで
極楽院を稲水にあずけようという
はなしが出ているそうな。

「そのまま無事に半年もつとめれば
「正式に極楽院の院主になれるだろう。

「今の極楽院の院主さまは
「本山の
「権法主(ごんのほっす)でもあらせられる。

「じきに貴僧も権法主に任命されるだろう。
「するとその上の法主になれるかも。
「いや!案外!とんとんとんと行くやも知れず。
「今の法主さまもお年で
「隠居したがっておられるそうな。

「貴僧が雲の上の法主になれば
「もう!わしと口をきくこともないのぉ!
「がはは。

すごいはなしを持ってきたのでした。



稲水はうれしくて
浮き足立ってしまいました。

『こんな片田舎に
『沈んでいる場合ではないわい。

『極楽院かぁ。
『坊主!小坊主!寺男が 50 人はいるだろう。
『まず足元には印象をよくしておかねば。
『手土産を用意して行かねばなるまい。

『各塔頭にもつけ届が必要じゃろ。

『へそくりはない。
『梨をお城に売ったら 50 両入るか。

『そうだ!お菊がいる。
『隣村の分限者の隠居がお菊にイヤに執心だ。
『妾にしたいといっている。

『まったく男の手が
『ついていないのがいいらしい。

『たしか!支度金を
『50 両は出すといっていたな。
『そのうち 10 両は
『お藤にくれてやって手切れ金にするか。

和尚は清廉潔白を装っていますが
隠し妻のお藤がいました。
村はずれに住まわせて
なにくわぬ顔をしていますが。
お菊はその娘!すなわち和尚の子でした。

『水建は連れて行かないほうがいいだろう。
『なにかと知らなくてもいいことを
『知ってしまっているからの。
『隣の寺に預けよう。

なんてひとりで計算しているのを
小坊主はこっそり聞いていました。



「お藤さん!大変です。
「和尚はわたしたちを捨てるつもりです。
「お菊さんは売るつもりです。

「わたしは坊主をやめて
「江戸の伯父さんの跡をついで
「だんご屋になろうと思います。

「お菊さん!わたしが口減らしに
「この村にきたときから好きでした。
「わたしといっしょになって
「だんご屋をしませんか。

『水建さま!わたしもあなたを
『にくからずお慕い申しておりました。
『お嫁さんにしていただけますか。

「お藤さん!あなたもいっしょに
「江戸に行き!暮らしましょう。

『足手まといにならぬようにしますから
『どうかよろしくお願いいたします。

なんて!はなしがまとまってしまいました。



『水建や。
『本山に所用ができた。

稲水は落ち着かず
本山にそれとなく
様子を見に行く気になりました。

『4、5 日で帰るからな。
『しっかり留守番をたのむぞ。

『あの毒梨!よく番をするように。
『キツネやシカがきたら追うのじゃぞ。
『空からカラスやサルが
『こないともかぎらんぞ。
『毒だからの!
『あいつらが食って苦しむのは
『可哀そうじゃろ。

和尚が出て行くと
小坊主はすぐ!お城に走りました。

「五右衛門さま!すぐお採りください。
「よく熟れております。

五右衛門は下働きを連れてきて
みんな収穫して行きました。

「殿からのごほうびじゃ。

50 両を置いて行きました。



「お藤さん!お菊さん!
「おカネができました。
「すぐお立ちください。
「みっつ先の宿場で待っていてください。
「和尚に引導を渡してから
「すぐ行きますから。

和尚が帰ってきて!驚きました。

『水建!水建!
『どうしたことじゃ!
『梨がひとつもないではないか。

「わたしが食べました。

『どうしてじゃ!

「和尚さまの大事な鉢を割りました。
「死んでおわびしようと
「毒梨を食べました。

『はて!?
『そんな鉢!あったかいの?

「新鉢(あらばち)でございます。

『ん!?

「お菊さんの新鉢を
「この股間の棒で割りました。

『なんということをしてくれたのじゃ!

「おわびに毒梨を食べたのですが
「いくつ食べても一向に死にません。

「お藤さんもお菊さんも
「いっしょに死ぬといって
「みんなで食べて!食べて!
「とうとう全部食べたのですが
「まだ死ねません。

『お菊を傷ものにして!
『梨を食ってしまって!
『もう弟子でもなんでもない!
『出て行け~!



それから 1 月。
和尚は寺の本尊だけ残して
仏像・仏具!みんな売り払い
少々の金子を作り
朗報を待っていたのですが。

おなじ宗派の隣の村の僧が
本山帰りの途中に寄りました。

『極楽院のはなし
『聞きませなんだかいの?

「ああ!極楽院の院主さま。
「1 年も寝込んでいたのじゃが。

『そうそう!
『それでご存命かの!
『お亡くなりしていないかの。

「なんの!なんの!
「見舞いに到来した青梨を食べたら
「急に食欲が出たそうな。

「それから 10 日もせぬうち起きあがり
「今じゃ!若い僧たちの先頭に立って
「朝から水垢離(みずごり)も
「されておるそうな。

『お元気なのか。

「もう!大丈夫。
「当分!いや!
「だいぶ先まで心配はいらぬようじゃの。



「新鉢」を割って!
食べたのが「水建」だったので
それからこの果樹を
「新水」と呼ばれるようになったそうな。

ときは流れて
白髪の老人になった水建が通りがかったら
梨の木は枯れていて
探せば!
朽ちて行く株元がありました。

寺は無住になっていました。

さらに気の遠くなるほど!ときは流れて
今!「新水」と呼ばれているものは
青梨ではなく!赤梨です。
新鉢を割ったから命名されたものかどうか
私は知りません。
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