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阿倍野に大寺院!阿倍寺ありき [いわなが姫の丑の刻参り]

近鉄百貨店(阿倍野店)の南の住宅街の中に
松長大明神という
井戸をご神体にしたみたいな
ミニミニの神社があります。

blog松長社.jpg

そこに
「阿倍寺(あべでら)跡推定地」と書かれた
石標が建てられていました。

明治 18 年の地図を見ると
梅田鉄道天王寺停車場(今のJR天王寺駅)から
阿倍王子神社まで
全く人気のないところがあります。

阿倍寺千軒坊ということばが
残っているそうですので
この広大な土地が全部
阿倍寺だったのでしょうか。

あんまり阿倍寺の証拠は
現存していなかったようですが
昭和 10 年(1935 年)に
塔の中心となる礎石が発見されたとか。

確かに!阿倍寺があったのですね。

孝徳天皇の難波宮遷都の折
阿倍寺も
当然!越してきたのでしょう。

大化の改新以後!政治の中心にいた
安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)の権勢が
雲を突くほどの寺院を建立したのでしょう。

安倍氏と同じ磐余里(いわれのさと)出生といわれる
聖徳太子の創建の
四天王寺と並んでいたのも
偶然ではないのかも。

ちなみに本家筋の奈良の桜井の「あべでら」は
「安倍寺」と書いてありましたが
細かいことは考えたくありません。はは。

今!その「阿倍寺」の礎石は
隣の西成区の天下茶屋公園に
ぽつんと放置というか展示されていました。

blog心礎.jpg

行政は
この地名の大元のシンボルを
阿倍野区役所にでもお連れして
大事にしてはどうですか。
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