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風呂吹き 火吹き竹料理 [絵に描いたどじょう地獄]

「風呂吹き(ふろふき)」という
料理があります。

まず!頭に浮かぶのは
蒸すか茹でるかした大根に
みそだれをかけたもの。

それにしては!ふしぎな名前です。

私より賢い(らしい!)ひとが
「風呂吹き」はネギが本流だといいます。
風呂を沸かすときに使う
火吹き竹の形に似ているから。
牧野富太郎も著書に書いているとか。

にわかに信じられません。
無理があるのでは。

火吹き竹は薪(まき)や炭を吹いても
風呂や鍋を吹かないと思うのですが。
それに!もしそうなら
「風呂吹き」ではなく
「火吹き(竹)」の呼称でいいのでは。

昭和 5 年(1930)刊の「野菜百珍」の
「葱(ねぎ)」のところに
「風呂吹き」はありません。

「大根」や「蕪菁(かぶら)」の項には
「風呂吹き」のレシピがあります。

「風呂吹」「ふろふき」の
ことばが出てくる江戸時代の料理書は
12 ばかりあるそうですが
いずれも大根かカブラです。

「ふろふき」の語源はいくつかあり
決定的なものはないようですが
火吹き竹説はないのでは。
まして!ネギの
風呂吹き起源説はどうでしょう。



ま!ネギで作ってみますか。

蒸すも茹でるもメンドくさいので
電子レンジで加熱します。

みそだれの代用に
市販のごまだれをかけます。
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酒の肴になります。



大根やカブラでいいのなら
丸餅なんかどうでしょう。
おなじように丸くて白いじゃないですか。

最初にまん丸くまるめていないから
電子レンジにかけると
ますます円形から遠ざかりましたが。
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やはり!ごまだれで。
まぁ!まずくはありません。



ネギの青いところと
串からはずした焼きとりのズリ(砂肝)とを
フライパンで焼き肉のたれをかけて加熱。

丸餅を網でかるく焼いてから加えて
しあげます。
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おいしい。



カボチャとサツマイモを乱切り。
電子レンジで 7 分通り加熱。

スグキ漬けの葉を散らし
マヨネーズとみそを混ぜて味をつけ
餅をのせ
チーズでおおい
もう一度!電子レンジに入れます。
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なかなかのごちそうです!わが家では。



あれ!?
「風呂吹き」は
どこかに行ってしまいました。



(林春隆著/野菜百珍/)
(川上行蔵著/湯吹きと風呂吹き/)参照
(敬称略)
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みそ豆丁稚 みそ味の煮豆 [絵に描いたどじょう地獄]

JR阪和線の南田辺駅の前の広場で
「あおぞら寄席」が
ときどき開催されています。

文字通り青空の下の落語の寄席。
1 度も入場したことがありませんが
横の電車の音がやかましいでしょうね。

それが!この月の「あおぞら寄席」は雨。
傘をさして興行!?
ではないですね。

太魂院(ふとたまいん)で催行だとか。

「運子(うんこ)童子」さまの太魂院。
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1 度もお参りしたことがないので
寄せてもらいます。

運子童子さまの黄金の「うんこ」に
手を合わせてから入山しましょう。
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拝所とかの宗教のにおいのある部屋には
通されませんでしたね。
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バチあたりには
なんとなく安堵もしましたけど。



桂福丸が
みそ豆の噺(はなし)をしていました。
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大鍋で煮られている大豆を
店の主人と丁稚が盗み食いをする噺。

宇井無愁の上方落語演題一覧にある
「味噌豆丁稚」がそれでしょうか。
ということは古典でしょうね。

まぁ!昔のことでしょう。
今は
みそ豆を煮る風景もないでしょうから。

近くの席の年には不足のない刀自たちが
「みそ豆」を
みそ味の煮豆と解釈していました。

違いますよ。
新型コロナウイルス禍では
でしゃばって口をはさんだりしませんが。

どこの家でもみそは
自家で作っていた時代が
ほんのこの前まであったのです。

みそを作るために大鍋で煮ている大豆を
みそ豆というのです。

「手前味噌」ということばを
今も使うでしょ。
自分の家のみそが一番なんです。
たぶん!その味になじんでいるから。

  おかあさん 下痢になりました
  あなたがみそ豆を
  盗み食いばかりしたからよ

なんて意味の方言だらけの唄(?)を
遠い日に聞いたことがあります。

記憶力の欠如は人後に落ちず
音感はゼロで再現ができませんが。

みそ豆はそれくらい
魅力的な食べものだったようです。



ふと!思います。
みそは自家製でも
醤油はどうしていたのでしょう。
醤油は買っていたのでしょうか。

長塚節(たかし)の小説「土」は
明治の終わりの鬼怒川沿いの寒村が舞台。

婚礼の夜のふるまいに
ザルとビール瓶が用意されています。

ザルにはうどん
ビールびんには醤油が入っています。

村の若者たちは

  単純に水へ醤油をさした
  したじに浸して
  そうぞうしくうどんをすすった

とありますが。

醤油は貴重品だったに違いありません。
家では作っていないような。

岸和田藩の 100 石どりの元藩士の
熊沢友雄の日記の
明治 6 年(1873)のところに

  醤油麹ヲ蒸醸ヲ誂フ
  大豆一斗五升 小麦二斗

とありますが。

寒村ではなく!大きな家では醤油を
自分の家で醸造していたのでしょうか。

これ!
みそを作っているのではないでしょうね。

みそを作っていて
でてきた汁も使っていたと
死んだ祖母が
その親の時代のことをいっていたような。

この記憶も定かではなく!すみません。



おばあさんたちの解釈の
「みそ豆」を作ります!はは。

ゆでた大豆を日本酒で煮て
サバ(鯖)の水煮缶を加えます。
砂糖とみそで調味。
だし醤油で調整。
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ふと立ち寄ったスーパーに
サバの水煮缶に
100 円以下のものと
150 円を越えたものがあります。

おなじ大きさでも
安いものはまずい!
なぜかまずい。
まずいから売れなくて
値下げしているのでしょうけど。

サバ缶のみそ味のものでも
醤油味のものでもおなじ。
イワシ(鰯)缶もそうですね。
居酒屋のめしたきをクビ(?)になった
おばさんがたまにくれる缶詰はそれ。

「おとうさん(夫)が嫌いやねん」
といいますが
おとうさん!
まずいから食べないのじゃないの。

でも!大豆と煮たら
なんとか食べられますよ。



(敬称略)
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土用の丑の日 かば焼きはどこから [絵に描いたどじょう地獄]

土用の丑の日です。
街を歩けば
「うなぎ」「鰻」「ウナギ」とやかましい。

うなぎといえば
あの匂いと!あの味!
醤油と砂糖と!
酒や味醂(みりん)も混じった!
その焦げる匂い。

この!日本人のほぼ共通した認識は
いつごろからのこと?!

有名になったのは
平賀源内(1728 ~ 1780)が作った
広告からだとか
大田南畝蜀山人(1749 ~ 1823)の
狂歌が元だとか
まことしやかに
喧伝(けんでん)されてはいますが
かば焼きが今のような形になるには
醤油と砂糖の普及が必要だったのでは。



水戸光圀(徳川光国・のち光圀)は
たいそう食通で!酒豪で
さらに甘いものが大好物だったそうな。

甘いまんじゅうを
人にも贈って喜ばれていたのは
砂糖が貴重品の時代だったからでは。
たぶん!元禄(1688 ~ 1704)のころ。

砂糖は仏教伝来のころには
到来していたとも思われますが
奈良朝のときには確実に
やってきていますね。

しかし!庶民が
見られるものでもなかったのですね。。

それからの歴史には不調法ですが
江戸時代になったときには
「唐三盆」にならって
「和三盆」が生産されていたはず。

時代は水戸黄門より 100 年さがって
文化 9 年(1812)の「四十八癖」に
「味醂と白砂糖を使った料理だから
「お寺さまで食うのはうまい
というセリフがあります。

やっぱり!砂糖は
そう手軽に使えるものではなかったのかも。

おなじときの「浮世床」には
「おらんだようかん!本ようかん
「最中まんじゅうに羽二重餅
なんて売り声が出てきますが。

菓子ひとつ 24 銭(文)だとか
32 銭だとかいっているので
安くはないですね。
髪結い床の払いは 28 銭ですからね。



はなしをうなぎにもどします。

寛永 20 年(1643)刊行の
(寛永 13 年版もあるようですが)
「料理物語」の中に
「うなぎ」のメニューがありましたが。

なます!さしみ!すし!かはやき!
こくせう!杉やき!山椒やき!

「かはやき」は「かば焼き」でしょうか。

しかし!料理物語には
醤油が出てきません。
砂糖は菓子の部にあるだけです。

調味料は生垂れ!垂れみそ!
にぬき!いり酒!だし酒!等。
ま!塩とみそと酢はあったのでしょうけど。

それに川魚の料理に
やたら!さしみとなますが出てきます。

うなぎの刺し身!?



今も
今といっても 40 年以上前の
読売新聞に連載された記事の中に
「うなぎの刺し身」がありました。

大分県の日田というところの名物らしい。

うなぎを切って!湯引きして!
三杯酢で食べていました。

食べた記者は「渋い」といいます。
渋いのが「味」なのかも。
一般の人が好む味でもないような。



しからば!
他にかば焼きではない
うなぎの食べ方があるのでしょうか。
100 年ばかり前の様子を
聞いたものを見ましょうか。

岐阜県の南濃 輪中では
醤油と砂糖で「煮て」います。

奈良県の十津川や
徳島県の那賀奥では
砂糖を使わないで
焼いて醤油だけつけていました。

琵琶湖のある滋賀県には
いろんな食べ方が伝承されているようです。

琵琶湖沖島では
大きなうなぎはゆでて
「じゅんじゅん」にするとか。
「じゅんじゅん」というのは
「すき焼き」風な鍋料理です。

沖島にはうなぎのだしで作った
素麵があるとか。

夏を過ごす漁船の上では
うなぎを開いて!ひと塩をして!
干しておくそうな。

その干もので作るおじやは
舟で食べる最高のごちそうといいます。

ちなみに「かば焼き」では
「いわとこなまず」が一番おいしいとか。



念のため
近所の干もの専門店を見たのですが
さすがに「うなぎの干もの」はないですね。

ま!年中食べられる昨今。
うなぎを丑の日に食べなくてもいいです。

土用餅でも食べますか。

と!思ってスーパーをのぞいたら
うな重が!案外!安い!
「うなぎちらし」はさらに安い。
税抜き 399 円。
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「うなぎ」を食べて
食後に土用餅も食べられて
ドリンクつきで千円札でお釣りがきて
貧乏人は「よし」としましょう。



(小菅桂子著/水戸黄門の食卓/)
(浮世床 四十八癖/本田康雄校注/)
(農山漁村文化協会/日本の食生活全集/)
(読売新聞編/たべもの紀行/)参照
(敬称略)
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三浦雄一郎のもちスープ [絵に描いたどじょう地獄]

あら!三浦雄一郎。
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若いですねぇ。
40 歳代かも。

先日!南米大陸最高峰アコンカグアの
登頂寸前で断念したという
ニュースが流れていましたが。
御年(おんとし)86 歳と聞きますが。
元気ですねぇ。

上記の写真は
主婦の友社/男が食べたい料理/という
本にのっていましたが。
古い本です
昭和 53 年(1978)発行ですから。

雪の山頂で
凍えながら作る料理を
いくつか紹介しています。

1 秒でも早く食べたいときでも
豪華な料理を作るのだそうな。

けっこう手が込んでいて
そんな雪の山頂で作れるとは
にわかに信じられない内容ばかりです。



旧暦の正月です。
12 月の終わりに買った餅が残っています。
ほとんど食べていませんね。

わが家で(新)正月に用意したのは
餅だけだったのですが。
強いて食べたいこともなかったのですね。

10 万円の百貨店のおせち料理を買ったと
悲し気にいう貧乏人(?)もいましたが。

「おカネがないから」
「例年通りハワイに行けない」
「家族で行けば 100 万円くらい必要」
「それから考えれば 10 万円は激安!」
「1 万円の酒も 5 本ばかり買った」

そうですか。
可哀そうですね!貧乏は。

大きな声ではいえませんが
あるアラフォー(around 40)の
容姿はともかく
お色気だけは衰えないおね~さんは
正月は数の子だけ買って
私のあげた
「生搾(なましぼ)り」の新酒を飲んで
ひとりで過ごしたようです。

「と~ちゃん!数の子!好きだったなぁ」
なんてしみじみ。

おっぱい「生搾り」(知らんけど)
してくれるオトコ日照りは極まっても
なに気ない顔ができるお年ごろです。

それぞれの楽しい正月でした。
旧暦の正月も頑張んべ~!

あ!今!これを読んで
もし怒髪天のあなた!あなた方!
あなた方のことじゃないですからね。
遠い異国のはなしですからね。

誤解から(?)
癇(かん)にさわられたら
あやまります。
ごめんね!ごめんね~。



あれ?なんのはなしでしたやら。
閑話休題。

三浦雄一郎が
雪の山頂で凍えながら作る
「もちスープ」を作ってみますか。

キャベツは細切り。
ワカメはもどして切る。
湯にスープのもと。
ミックスベジタブルと
キャベツとワカメを煮る。
醤油で調味。
餅をこんがり焼いて加える。
七味唐辛子を振る。

はなはだ簡単ですが。

しかし!山頂の雪の中ですよ。
食材!調理器具!
用意と運搬!撤退!
できるもんですか!?



町の中では容易です。

材料です。
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餅は丸餅です。
ワカメ!キャベツ!ミックスベジタブル!
スープのもとは
「かぼちゃのポタージュ」です。

醤油を少々入れて!できあがり。
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七味はないので
一味を振っていただきます。



(敬称略)
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神戸の学校給食 とくれんのゼリー!? [絵に描いたどじょう地獄]

神戸の三宮(さんのみや)には
鉄道が 5 社もからみあって
三宮駅だの三ノ宮駅だの神戸三宮駅だのと
それぞれが好き勝手に(?)表記して
地元の人には
なんでもないことかも知れませんが
旅のものはどう書いたらいいの!?

私のランドマーク!
「SOGO」を確認して方向を知り安堵します。
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え!?
普段はなんとも思っていなかったのですが
今!唐突に気づきました。
まだ「そごう」は残っていたのですね。
blog72そごう神戸.jpg

大阪にはないと思うのですが。



晴れているのに風が寒い。
働き過ぎで(ウソついてすみません)
朝なのに倒れそうなほどの疲労感。

神戸市役所 1 号館 24 階の
展望ロビーにあがり休憩。
ガラス張りで温室のようにあたたかい。

午前中はメリケンパークが
まぶしくなく見降ろせます。
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「学校給食ジャック」ですか。
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「全国学校給食週間(2019/01/24 ~ 30)」
に合せて!
神戸市は食育に取り組んでいるのですね。

私は今まで学校でもどこでも
「給食」の経験はありません。
おフランス人(フランス人にあらず)ですから。

ばあやが
三段重ねの弁当を届けてくれていた訳でも!
飢え死にすれすれの
貧乏でもなかったのですが
めぐりあわせの運命ですね。

いつだって
たくあんか紅生姜のしっぽをかじって
食パンの耳を食べるくらいの
人もうらやむ(?)裕福さはあったのですよ。



閑話休題。

展望ロビーにある
喫茶店「UCCカフェコンフォート」と
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韓国料理レストラン「百済」が
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学校給食コラボメニューを出していました。

「UCCカフェコンフォート」の
今日(2019/01/26)の献立は
たこめし!牛乳!
はたはたのから揚げ!バチ汁!だとか。
あんまり想像図が描けませんが。

「はたはた」ですか!

「猫マタギノ類ナラン

太平洋戦争も末期的状態の
昭和 20 年 1 月 31 日の
高松宮の日記にあります。

「はたはた」は下魚!?
私は好きですけどね。

皇族の食卓も
ひっ迫してきていたのでしょうか。

「煮テハマヅイガ焼イタリ天プラナラヨイ

「天プラ」ならいい!?
給食は「から揚げ」ですか!
いただきましょう。

いただけませんでした。
10 数人の行列の尻に並んで待っていたら
20 分過ぎたころに
「売り切れ」と宣言されました。

もっと早くいってよ!



しからば!もうひとつの店舗
韓国料理レストラン「百済」へ。

六甲山を見ながらいただきます。
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チャプチェ!プルコギ!ごはん!
ナムルなどの小鉢!
わかめスープ!みかんゼリー!牛乳!
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950 円(税込み)!高~!
おいしかったのですが!たか~!
こんな高いもんですか!学校給食は。

いや!これは特別で!
いつもはこれだけのものを
1 度に出しているものかどうか。

展望ロビーに掲示してある写真が
韓国か韓国系の学校の普段の献立なのかな。
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神戸出身者はだれでも
みかんゼリーを
「とくれん」と呼んでいるらしい。
「徳島県加工農業協同組合連合」つまり
「とくれん」が学校給食用に開発した
温州みかんのゼリーだそうな。

冷凍か冷蔵か知りませんが
シャリシャリした食感!
なるほど。
神戸っ子の給食の味ですか。



(高松宮宣仁親王著/高松宮日記/)参照
(敬称略)
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