東大寺 聖武天皇祭 2022 [南都有情]
近鉄奈良駅から登大路を東へとぼとぼ。
氷室神社に寄れば
コイ(鯉)とタイ(鯛)が泳いでいます。
いや!氷の中に閉じ込められています。
昨日(2022/05/01)
献氷祭があったのでしょう。
氷柱は花氷をよく見ますが!
ここでは魚氷でしたか。
1 日経っても融(と)けていませんね。
融けたら泳ぎ出しませんか。
大昔のことですが
氷づけになった金魚を観察していると
氷がなくなれば生き返っていましたが。
だれか!スッポンくらいまでは
凍っても!
融ければ泳ぎ出すといっていましたが
それは目撃したことはありません。
氷室神社の献氷祭の
翌日(5 月 2 日)には!例年!
聖武天皇祭が催行されるので
大仏殿へ南から向かいましょう。
新型コロナウイルスは
どこかへ行きましたか。
観光客がもどってきています。
南大門周囲!なんとなく春のよう。
春です!春たけなわ。
南大門の東の天皇殿の扉が開いています。
聖武天皇をおまつりしているところ。
聖武天皇祭のときには
時間をかぎってお詣りできるようですが。
おね~さん!あきらめてください。
今はその時間帯ではないようです。
式次第を把握していませんが
鏡池の周囲には行列が通ったり。
いろんな法要が行われているようです。
大仏殿やそのまわりには
大きなのぼり(!)が並んでいます。
舞楽を観覧して帰りましょう。
例年!
鏡池水上舞楽台で上演されていたはず。
今年は屋内!
金鐘ホールで催行されました。
舞台を浄(きよ)める
「振鉾(えんぶ)」から始まります。
赤袍の左方舞人と緑袍の右方舞人と。
つづいて
「迦陵頻(かりょうびん)」という
インド系の舞だそうな。
迦陵頻伽(かりょうびんが)という
霊鳥が舞っています。
迦陵頻は鳥ですが
「胡蝶(こちょう)」は
蝶ですね!文字通り。
4 番目は
「蘭陵王(らんりょうおう)」でした。
仮面をつけて舞います。
蘭陵王は戦場におもむくときに
常に恐ろしい面をつけて臨んだという
故事に基づいているとか。
つづいて
慶讃能奉納があるそうですが
ランチをしていないので
芸能鑑賞も空腹には勝てず!
退場しましょうか。
ランチどきを過ぎると
テキトーなものがありません。
テキトーというのは
コスパのいいもののことですが。
お!安い!
柿の葉寿司が 3 個で税込み 390 円。
つきたてのよもぎ餅(1 個 150 円)も
いっしょに食べますか。
「これ!柿の葉寿司じゃないよ。
「柏餅じゃないの!
氷室神社に寄れば
コイ(鯉)とタイ(鯛)が泳いでいます。
いや!氷の中に閉じ込められています。
昨日(2022/05/01)
献氷祭があったのでしょう。
氷柱は花氷をよく見ますが!
ここでは魚氷でしたか。
1 日経っても融(と)けていませんね。
融けたら泳ぎ出しませんか。
大昔のことですが
氷づけになった金魚を観察していると
氷がなくなれば生き返っていましたが。
だれか!スッポンくらいまでは
凍っても!
融ければ泳ぎ出すといっていましたが
それは目撃したことはありません。
氷室神社の献氷祭の
翌日(5 月 2 日)には!例年!
聖武天皇祭が催行されるので
大仏殿へ南から向かいましょう。
新型コロナウイルスは
どこかへ行きましたか。
観光客がもどってきています。
南大門周囲!なんとなく春のよう。
春です!春たけなわ。
南大門の東の天皇殿の扉が開いています。
聖武天皇をおまつりしているところ。
聖武天皇祭のときには
時間をかぎってお詣りできるようですが。
おね~さん!あきらめてください。
今はその時間帯ではないようです。
式次第を把握していませんが
鏡池の周囲には行列が通ったり。
いろんな法要が行われているようです。
大仏殿やそのまわりには
大きなのぼり(!)が並んでいます。
舞楽を観覧して帰りましょう。
例年!
鏡池水上舞楽台で上演されていたはず。
今年は屋内!
金鐘ホールで催行されました。
舞台を浄(きよ)める
「振鉾(えんぶ)」から始まります。
赤袍の左方舞人と緑袍の右方舞人と。
つづいて
「迦陵頻(かりょうびん)」という
インド系の舞だそうな。
迦陵頻伽(かりょうびんが)という
霊鳥が舞っています。
迦陵頻は鳥ですが
「胡蝶(こちょう)」は
蝶ですね!文字通り。
4 番目は
「蘭陵王(らんりょうおう)」でした。
仮面をつけて舞います。
蘭陵王は戦場におもむくときに
常に恐ろしい面をつけて臨んだという
故事に基づいているとか。
つづいて
慶讃能奉納があるそうですが
ランチをしていないので
芸能鑑賞も空腹には勝てず!
退場しましょうか。
ランチどきを過ぎると
テキトーなものがありません。
テキトーというのは
コスパのいいもののことですが。
お!安い!
柿の葉寿司が 3 個で税込み 390 円。
つきたてのよもぎ餅(1 個 150 円)も
いっしょに食べますか。
「これ!柿の葉寿司じゃないよ。
「柏餅じゃないの!
浅茅ケ原に梅の花咲く 茶粥の恋 [南都有情]
奈良の三条通りを東に進み
春日大社の一之鳥居の横から入り
影向(ようごう)の松の後ろに回ります。
「阿さぢ可原(あさじがはら)」の
石標があります。
別の表現では「浅茅ケ原」!?
なにやら!おどろおどろしいところです。
個人的なおびえですが。
浅茅ケ原とは
カヤしか生えていない寂しいところ。
万葉集にありますね。
春日野之 淺茅之原爾 後居而
時其友無 吾戀良苦者 (3196)
かすがのの あさぢがはらに おくれゐて
ときぞともなし わがこふらくは
寂しい浅茅ケ原に取り残されて
ずっとあなたのことを思っています
というような内容でしょうか。
ん!?
この歌の作者は男?!
それとも女!?
その寂しい場所がここなんですか。
とても古い地名ですね。
浅茅ケ原(!)を進めば料亭があります。
一戸建て(?)の客室がいくつか。
「雨の日のお運びは大変。
学生時代!ここでバイトしていたおばさん!
いや!おね~さんがいっていたような。
ん!?
今!頭に浮かんだ人は
十三(じゅうそう)の料亭でした!たしか。
すると!あの人かな。
いや!あのおね~さんは
ミナミのアルサロ専門と聞いたような。
またもや記憶が混濁しています。
人も場所も違っているのかも。
忘れてください。
ま!あのたくましいかの女たちなら
浅茅ケ原に置き去りにされても
若い男をつかまえて
アッシーくんにして脱出するでしょうなぁ。
あは!アッシーとは死語!?
古い単語を思い出したものです。
冬枯れの小池をヌタ場にしています。
たぶん!シカ。
イノシシかも知れませんが。
夜中にキツネが化けた美女にだまされて
ここで入浴してはいけません。
梅の花の下に
「片岡」ときざまれた石があります。
片岡梅林です。
「たよりなき ままに訪ねし 春日野は
「雲か霞か 梅の花咲く
「花の香を 風のたよりに 添えて出す
「小さな恋は 若い日のまま
「人の梅 手折る心の 恥ずかしさ
「ぬしのある 梅と知らねど 立ちどまる
「売り切れし 草餅にくし 梅白し
「梅の花 年年歳歳 あい似たり
「歳歳年々 心はやせて
10 代のころと少しも進歩しない
恋心を持って生きていて!恥ずかしい。
10 代のころと変わらない
つたない詩歌しかできない身も恥ずかしい。
おらには即興詩は無理だんべ。
ま!じっくり推敲したら
一生にひとつも作れないでしょうけど。
色気も大事ですが
常に食い気は放しません。
奈良でランチして帰ります。
アーケードのある
もちいどのセンター街を南下し
下御門商店街に入ったところにある
「懐石料理 円」に入店。
新型コロナウイルス禍で
私の好きだった朝食の営業がなく
嘆いていたのですが
ランチ営業はありました。
「野菜たっぷりランチ」をいただきます。
茶粥のランチです。
私好みで満足しました。
税込み 700 円も
周辺の価格に比べて安価です。
(白文及び新訓 万葉集/佐佐木信綱編/)参照
(敬称略)
春日大社の一之鳥居の横から入り
影向(ようごう)の松の後ろに回ります。
「阿さぢ可原(あさじがはら)」の
石標があります。
別の表現では「浅茅ケ原」!?
なにやら!おどろおどろしいところです。
個人的なおびえですが。
浅茅ケ原とは
カヤしか生えていない寂しいところ。
万葉集にありますね。
春日野之 淺茅之原爾 後居而
時其友無 吾戀良苦者 (3196)
かすがのの あさぢがはらに おくれゐて
ときぞともなし わがこふらくは
寂しい浅茅ケ原に取り残されて
ずっとあなたのことを思っています
というような内容でしょうか。
ん!?
この歌の作者は男?!
それとも女!?
その寂しい場所がここなんですか。
とても古い地名ですね。
浅茅ケ原(!)を進めば料亭があります。
一戸建て(?)の客室がいくつか。
「雨の日のお運びは大変。
学生時代!ここでバイトしていたおばさん!
いや!おね~さんがいっていたような。
ん!?
今!頭に浮かんだ人は
十三(じゅうそう)の料亭でした!たしか。
すると!あの人かな。
いや!あのおね~さんは
ミナミのアルサロ専門と聞いたような。
またもや記憶が混濁しています。
人も場所も違っているのかも。
忘れてください。
ま!あのたくましいかの女たちなら
浅茅ケ原に置き去りにされても
若い男をつかまえて
アッシーくんにして脱出するでしょうなぁ。
あは!アッシーとは死語!?
古い単語を思い出したものです。
冬枯れの小池をヌタ場にしています。
たぶん!シカ。
イノシシかも知れませんが。
夜中にキツネが化けた美女にだまされて
ここで入浴してはいけません。
梅の花の下に
「片岡」ときざまれた石があります。
片岡梅林です。
「たよりなき ままに訪ねし 春日野は
「雲か霞か 梅の花咲く
「花の香を 風のたよりに 添えて出す
「小さな恋は 若い日のまま
「人の梅 手折る心の 恥ずかしさ
「ぬしのある 梅と知らねど 立ちどまる
「売り切れし 草餅にくし 梅白し
「梅の花 年年歳歳 あい似たり
「歳歳年々 心はやせて
10 代のころと少しも進歩しない
恋心を持って生きていて!恥ずかしい。
10 代のころと変わらない
つたない詩歌しかできない身も恥ずかしい。
おらには即興詩は無理だんべ。
ま!じっくり推敲したら
一生にひとつも作れないでしょうけど。
色気も大事ですが
常に食い気は放しません。
奈良でランチして帰ります。
アーケードのある
もちいどのセンター街を南下し
下御門商店街に入ったところにある
「懐石料理 円」に入店。
新型コロナウイルス禍で
私の好きだった朝食の営業がなく
嘆いていたのですが
ランチ営業はありました。
「野菜たっぷりランチ」をいただきます。
茶粥のランチです。
私好みで満足しました。
税込み 700 円も
周辺の価格に比べて安価です。
(白文及び新訓 万葉集/佐佐木信綱編/)参照
(敬称略)
春日大社 御田植神事 ぶと饅頭 [南都有情]
春日大社の本殿の前
巫女さんが降りてきました。
御田植(おたうえ)神事ですね。
田植え時期には少し早い
毎年 3 月 15 日に催行しています。
二本足で歩く黒牛さんが
すきを引いて田ごしらえをしています。
近くに寄れないのでよく分かりませんが
たぶん!生娘の早乙女が
田舞(たまい)を奉納したり
種もみをまいたり!苗を植えたり。
植えるというより
放り投げていましたが。
若宮さまは
ご遷座中だとかでお留守でしたが
若宮 15 社めぐりを
半分ほど歩いてみます。
忙しい身ですので。
(ウソついてすみません)
夫婦大国社にはハート形の絵馬が
佃煮にするように!いや!失礼!
山のように吊られています。
「墓まで一緒」
願いごとは自由ですが。
しょんべん小路の吹きだまりの奥の
しけた居酒屋のおじさんの
ことばがよみがえります。
「恋は 1 秒 ゼニは一生」
結婚したいと思うのも勝手ですが。
ま!夢があることはいいことです。
もどってきたら
本殿の南回廊の下でも舞っていました。
南回廊の隅には榎本神社があります。
春日大社は
国家の安寧(あんねい)を祈る神社。
摂社!末社の多い中で唯一!榎本神社だけ
個人の願いを聞いてくださる神さまらしい。
この祭事の巫女は 8 名と決まっているような。
どこの神事でしたか
しわしわの早乙女ばかりでした。
還暦過ぎた女は
生娘にもどるといっていましたね。
承知できませんでしたが。
鹿が食べないから
馬酔木(あしび)が元気に咲く季節。
一言主神社の前で思い出しました。
先日!なん十年ぶりかに
「春日大明神」と書かれた石灯籠に
ここで遭遇しました。
春日大社の石灯籠 2,000 基のうち
「春日大明神」は
15、6 基あるといわれています。
近鉄奈良駅までぼんやり歩くより
もうひとつ!ふたつ探してみますか。
たしかに「春日神社」とか
「春日大社」とか
「春日宮」とか「春日大宮」とかばかり。
時代によって
正式名称を変えたりしていますからね。
いろいろな形の石灯籠があります。
獅子が持ちあげているもの。
ヘビが守っているもの。
「壹神社」!?
「壺神社」ではないような。
信仰心も教養も
向学心もないものは分かりません。
萬々堂通則で
「ぶと饅頭」を買って帰ります。
春日大社の神饌菓子です。
油で揚げています。
萬々堂通則は
江戸時代の創業でしょうけど
ぶと饅頭は
かなり古い歴史がありそうです。
ひとつ!税込み 216 円。
歴史は高価です。
巫女さんが降りてきました。
御田植(おたうえ)神事ですね。
田植え時期には少し早い
毎年 3 月 15 日に催行しています。
二本足で歩く黒牛さんが
すきを引いて田ごしらえをしています。
近くに寄れないのでよく分かりませんが
たぶん!生娘の早乙女が
田舞(たまい)を奉納したり
種もみをまいたり!苗を植えたり。
植えるというより
放り投げていましたが。
若宮さまは
ご遷座中だとかでお留守でしたが
若宮 15 社めぐりを
半分ほど歩いてみます。
忙しい身ですので。
(ウソついてすみません)
夫婦大国社にはハート形の絵馬が
佃煮にするように!いや!失礼!
山のように吊られています。
「墓まで一緒」
願いごとは自由ですが。
しょんべん小路の吹きだまりの奥の
しけた居酒屋のおじさんの
ことばがよみがえります。
「恋は 1 秒 ゼニは一生」
結婚したいと思うのも勝手ですが。
ま!夢があることはいいことです。
もどってきたら
本殿の南回廊の下でも舞っていました。
南回廊の隅には榎本神社があります。
春日大社は
国家の安寧(あんねい)を祈る神社。
摂社!末社の多い中で唯一!榎本神社だけ
個人の願いを聞いてくださる神さまらしい。
この祭事の巫女は 8 名と決まっているような。
どこの神事でしたか
しわしわの早乙女ばかりでした。
還暦過ぎた女は
生娘にもどるといっていましたね。
承知できませんでしたが。
鹿が食べないから
馬酔木(あしび)が元気に咲く季節。
一言主神社の前で思い出しました。
先日!なん十年ぶりかに
「春日大明神」と書かれた石灯籠に
ここで遭遇しました。
春日大社の石灯籠 2,000 基のうち
「春日大明神」は
15、6 基あるといわれています。
近鉄奈良駅までぼんやり歩くより
もうひとつ!ふたつ探してみますか。
たしかに「春日神社」とか
「春日大社」とか
「春日宮」とか「春日大宮」とかばかり。
時代によって
正式名称を変えたりしていますからね。
いろいろな形の石灯籠があります。
獅子が持ちあげているもの。
ヘビが守っているもの。
「壹神社」!?
「壺神社」ではないような。
信仰心も教養も
向学心もないものは分かりません。
萬々堂通則で
「ぶと饅頭」を買って帰ります。
春日大社の神饌菓子です。
油で揚げています。
萬々堂通則は
江戸時代の創業でしょうけど
ぶと饅頭は
かなり古い歴史がありそうです。
ひとつ!税込み 216 円。
歴史は高価です。
平城宮跡は芦刈り 和合地蔵尊に泣け [南都有情]
ガンガンとうるさい!
寒風にちぎれそうに
揺れているものがあります。
平城宮跡歴史公園の朱雀門です。
門越しに北に目をやれば
近鉄電車が過ぎる向こうに
復元工事中の大極殿院南門が現れています。
工事用の素屋根が東に移動したのかな。
つづいてあの位置に
東楼の復元工事をするのかも。
朱雀門の前から東を見れば
山焼きの終わった若草山があります。
このラインが二条大路跡らしい。
大変幅員のある大きな道。
壬生門の跡。
朱雀門の東に並んでいたのですね。
近鉄線を越えたあたりも
広大な平城宮跡歴史公園ですが
芦刈りが行われています。
東院庭園が変。
水が抜かれています。
池の庭なのに。
ほころび始めている梅が寂しそう。
公園から東に出れば
カラタチの垣根がつづいています。
法華寺ですね。
寺の前の道に
同衾(どうきん)しているような
お地蔵さまが。
和合地蔵尊!?
男同士なんですか?!
男と女の閨房(けいぼう)でしょうか!?
これ!いつごろから
ここにあるのでしょうか。
「和合」といえば思い出しました。
遠く江戸時代の
増穂残口(ますほざんこう 1655 ~ 1742)が
いっているそうな。
「互いに融(とろ)けし
「下紐(したひぼ)の契(ちぎ)り
「いかで真実(まめやか)ならざらん
「夫婦和合」が大切というのです。
それは「陰陽交合(みょうとまじわり)」で
さらに「神人合体の夫婦(めおと)」になり
五穀豊穣!間違いなし。
この「夫婦」は
「恋慕の情」に基づく男女で
衣食住のための結びつきやら
封建時代の中の
「家職大事」だけの結婚ではないと
説いているとか。
「家職大事」の縁組で
「恋慕の情」が湧けばいいのでしょうがね。
ま!ないものねだり!あきらめましょう。
「あきらめて あきらめて 嫁ぐといえば
「声もなく 声もなく うなづいた人
コロムビア・ローズ(2 代)が
歌っていたとは!知る人もなし。
この和合とは関係ない歌ですね!すみません。
ま!初めからあきらめて結婚すれば
長つづき間違いなし!知らんけど。
北へとり海龍王寺を過ぎて
つきあたりがコナベ古墳。
東にウワナベ古墳。
この古墳の横を通ればなぜか涙が出ます。
普段は毫も思わない親不孝や
不義理の数々が浮かんできます。
心のひだの中に
こんなススキの原風景があるのかも。
こんなに立派な古墳ばかりなのに
どの天皇の陵にも
比定されていないですね。
ま!どの陵の治定にも
問題あり!でしょうか。
自分の心の問題のほうを先に心配しなさい!
と!いわれそうですがね。
奈良産と思われる野菜を買って帰ります。
全部で税込み 455 円。
重い!
安いと思ってさげているのですが
はたしてどうだったのやら。
(敬称略)
寒風にちぎれそうに
揺れているものがあります。
平城宮跡歴史公園の朱雀門です。
門越しに北に目をやれば
近鉄電車が過ぎる向こうに
復元工事中の大極殿院南門が現れています。
工事用の素屋根が東に移動したのかな。
つづいてあの位置に
東楼の復元工事をするのかも。
朱雀門の前から東を見れば
山焼きの終わった若草山があります。
このラインが二条大路跡らしい。
大変幅員のある大きな道。
壬生門の跡。
朱雀門の東に並んでいたのですね。
近鉄線を越えたあたりも
広大な平城宮跡歴史公園ですが
芦刈りが行われています。
東院庭園が変。
水が抜かれています。
池の庭なのに。
ほころび始めている梅が寂しそう。
公園から東に出れば
カラタチの垣根がつづいています。
法華寺ですね。
寺の前の道に
同衾(どうきん)しているような
お地蔵さまが。
和合地蔵尊!?
男同士なんですか?!
男と女の閨房(けいぼう)でしょうか!?
これ!いつごろから
ここにあるのでしょうか。
「和合」といえば思い出しました。
遠く江戸時代の
増穂残口(ますほざんこう 1655 ~ 1742)が
いっているそうな。
「互いに融(とろ)けし
「下紐(したひぼ)の契(ちぎ)り
「いかで真実(まめやか)ならざらん
「夫婦和合」が大切というのです。
それは「陰陽交合(みょうとまじわり)」で
さらに「神人合体の夫婦(めおと)」になり
五穀豊穣!間違いなし。
この「夫婦」は
「恋慕の情」に基づく男女で
衣食住のための結びつきやら
封建時代の中の
「家職大事」だけの結婚ではないと
説いているとか。
「家職大事」の縁組で
「恋慕の情」が湧けばいいのでしょうがね。
ま!ないものねだり!あきらめましょう。
「あきらめて あきらめて 嫁ぐといえば
「声もなく 声もなく うなづいた人
コロムビア・ローズ(2 代)が
歌っていたとは!知る人もなし。
この和合とは関係ない歌ですね!すみません。
ま!初めからあきらめて結婚すれば
長つづき間違いなし!知らんけど。
北へとり海龍王寺を過ぎて
つきあたりがコナベ古墳。
東にウワナベ古墳。
この古墳の横を通ればなぜか涙が出ます。
普段は毫も思わない親不孝や
不義理の数々が浮かんできます。
心のひだの中に
こんなススキの原風景があるのかも。
こんなに立派な古墳ばかりなのに
どの天皇の陵にも
比定されていないですね。
ま!どの陵の治定にも
問題あり!でしょうか。
自分の心の問題のほうを先に心配しなさい!
と!いわれそうですがね。
奈良産と思われる野菜を買って帰ります。
全部で税込み 455 円。
重い!
安いと思ってさげているのですが
はたしてどうだったのやら。
(敬称略)
五日えびす 奈良町の新年 [南都有情]
「ならまち」を北に歩いて
下御門商店街のアーケードに入ります。
新型コロナウイルス禍のせいか
まだ!正月なのか
朝食ができる店が開いていません。
もう 9 時半なのに。
しゃれた朝食を提供する
「café TANNE」はオープンしています。
「しゃれた」というのは私の感覚ですが。
「ごはんセット」をもらいます。
お!ボウダラが!
新年になっても!
おせちも餅も食べていないものには
少しだけでも!感激。
熱いほうじ茶をいただきました。
もちろん!無料で。
税込み 800 円。
観光地なのに!他の客はきませんでした。
さらにアーケードを北に向かい
餅飯殿(もちいどの)商店街に。
「五日えびす」ののぼりがあります。
今日(2022/01/05)は
南市(みなみいち)恵毘須神社の
「初えびす」です。
毎年 1 月 5 日に催行されます。
大阪の多くは「十日えびす」ですが。
「八日えびす」もありますが。
まだ朝だからか
粛々とお参りがあります。
古い建てものが密集する中
普段は閉鎖されている神社です。
これから参詣客が増えてくるのでしょう。
北に隣接している
元林院町(がんりいんちょう)は
花街だといいますが。
先の大戦の前には
200 人を越える芸舞妓がいたそうですが。
今は廃業する置き屋ばかりなのか
くるたびに路地の形が変わっているような。
花街(?)をゆるやかにくだります。
橋の跡があります。
絵屋橋。
花街の前には
絵師の集まっている町だったそうな。
橋はあっても川は見えません。
たぶん!暗きょにしたのでしょう。
川跡をたどれば率川(いさがわ)に出ます。
常にほとんど水はありませんが。
お地蔵さまをのせた舟(!)はあります。
赤い袈裟(けさ)が新しくなったのか
あざやかに見える新年です。
率川のそばに猿沢池があります。
興福寺の五重塔の映る横で
サギが食事をしています。
なにかを捕まえて食べています。
簡単に!なん度も。
寒い冬になにがいるのでしょう。
大きなものではないようですが。
おいしそうですね。
下御門商店街のアーケードに入ります。
新型コロナウイルス禍のせいか
まだ!正月なのか
朝食ができる店が開いていません。
もう 9 時半なのに。
しゃれた朝食を提供する
「café TANNE」はオープンしています。
「しゃれた」というのは私の感覚ですが。
「ごはんセット」をもらいます。
お!ボウダラが!
新年になっても!
おせちも餅も食べていないものには
少しだけでも!感激。
熱いほうじ茶をいただきました。
もちろん!無料で。
税込み 800 円。
観光地なのに!他の客はきませんでした。
さらにアーケードを北に向かい
餅飯殿(もちいどの)商店街に。
「五日えびす」ののぼりがあります。
今日(2022/01/05)は
南市(みなみいち)恵毘須神社の
「初えびす」です。
毎年 1 月 5 日に催行されます。
大阪の多くは「十日えびす」ですが。
「八日えびす」もありますが。
まだ朝だからか
粛々とお参りがあります。
古い建てものが密集する中
普段は閉鎖されている神社です。
これから参詣客が増えてくるのでしょう。
北に隣接している
元林院町(がんりいんちょう)は
花街だといいますが。
先の大戦の前には
200 人を越える芸舞妓がいたそうですが。
今は廃業する置き屋ばかりなのか
くるたびに路地の形が変わっているような。
花街(?)をゆるやかにくだります。
橋の跡があります。
絵屋橋。
花街の前には
絵師の集まっている町だったそうな。
橋はあっても川は見えません。
たぶん!暗きょにしたのでしょう。
川跡をたどれば率川(いさがわ)に出ます。
常にほとんど水はありませんが。
お地蔵さまをのせた舟(!)はあります。
赤い袈裟(けさ)が新しくなったのか
あざやかに見える新年です。
率川のそばに猿沢池があります。
興福寺の五重塔の映る横で
サギが食事をしています。
なにかを捕まえて食べています。
簡単に!なん度も。
寒い冬になにがいるのでしょう。
大きなものではないようですが。
おいしそうですね。