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雪女 外伝 [はなしのはなし 食えぬ梨]

吹雪がやみません。
まだ夜明けまで時間があります。
太平はひとりで豆腐を作っていました。

ふと!顔をあげると
家の前をなにかがよぎりました。

太平が外に出てみると
薄い着物の女性が過ぎて行きます。

「もし!どうしたのです?!
「こんな雪の夜に。

「早くこちらへお入りなさい。
「かまどのそばにどうぞ。

『私はぼうぼう燃える火は苦手です。
『このあたりでけっこうです。

「すぐに!から汁を作ってあげましょう。

『から汁?!

「おからのみそ汁ですよ。
「豆腐屋は豆腐を売り
「おからを食べて生きているのです。

「おからの煎ったものもどうぞ。



夜が明けました。
吹雪はおさまりました。
お年寄りが鍋を持ってやってきました。

『ん!きれいなひとじゃないか。
『太平!嫁をもらったのか。

「いや!親戚の娘ですよ。

『ひさめさんというのか!?
『いい名前じゃないか。
『1 丁おくれ。

娘は身を切るような冷水にある豆腐を
すくいあげて鍋に入れました。

「冷たいだろう。
「そんなことをしなくてもいいよ。

『冷たいのは大丈夫です。
『暑さには弱いのですが。

透明な冷水の中から
透き通った手ですくいあげる豆腐は
いかにもおいしそうです。

豆腐はよく売れるようになりました。



冬が終わり!春がきました。
その春も行くころ
ひさめがいい出しました。

『伯父の家のお手伝いに行ってきます。

『伯父は氷室(ひむろ)を持っています。
『都に近い奥山にあります。
『夏はその氷の切り出しに忙しいのです。

「それはまた遠いところだね。
「気をつけて行きなさい。
「つぎにいつまた会えるかどうか
「分からないけど元気でね。

太平は軽いけど
栄養豊富な凍り豆腐を
たくさん持たせて送り出しました。



野山の木々がすっかり葉を落としたころ
突然!ひさめが帰ってきました。

なにごともなかったように
豆腐作りを手伝っています。
特に冷たい仕事をいといません。

「今度!ごんすけのところに嫁にきた
「おふくといいます。
「よろしく。

「ごんすけ!
「2 度もおかみさんに死なれたから
「よかったね。

「おらも 2 度!亭主に死なれたのです。
「3 度目同士!合わせて 6 度目。ははは。

「明るいひとでよかったね。

「まぁ!おかみさん!
「きれいなひとでねぇか。
「あちこちの村で暮らしたけど
「こんなきれいなひと!見たことがねぇ。

おふくはたびたびきて
ひさめの顔を見るようになりました。

「昔!どこかで会いませんでしたか。

『いいえ。

「こんなきれいなひと。
「忘れるはずがないのだが。



「ああ!おまえは与作のところにきた!?

とうとう!おふくは思い出したのです。

それは 5 年前のこと。

夏の間は田畑の草取りぐらいで
大きな仕事はありません。

与作は
入会地(いりあいち)の奥山に入って
1 丈(≒ 3m)ばかりの小松を伐って
さらに 2 尺(≒ 60cm)ほどに切りそろえ
束にしてかついで帰ります。

冬ごもりに使うたきぎを集めに
夏から精を出していました。

暑い日でした。
与作はたまらず谷に降り
顔を洗っていると!いい匂いがします。

上流で女性が顔やら足やら洗っています。

与作はそっと近づきます。

3 間(≒ 5m)ばかり後ろにつくと
女性は気づいて振り向きました。

透き通るような顔。
氷のような足や腕。

「驚かすつもりじゃなかったのだよ。

『わたしのほうこそ!失礼しました。

女はゆえあって!
山奥でひとり暮らしといいます。

それから与作は山行が楽しくなり
ひんぱんにたきぎ作りに
出かけるようになりました。

じきにふたりは恋するようになりました。

「どうかおいらの女房になってください。

『それはできないさだめなのです。
『わたしはここにいなければならない
『おきてがあるのです。

『あなたが通ってくださるのなら
『この山だけの女房にさせてください。

女性は「ひさめ」となのりました。

抱きしめると
顔も手足も胸も尻も冷たい。
ふもとから夏の山道を
気がせいてのぼってくると
身体中が熱のかたまりになっています。

そしてしっかりと抱き合うと
そのひんやりさが心地いい。

「おいらには村の仕事がたくさんあるので
「毎日は通えません。

『では!
『三のつく日には必ずおいで願えたら。

「それは絶対に約束できますよ。
「そのほかの日もきますよ。



秋がきました。
あれやこれや穫り入れの季節。
もう!ひと月も山に行けずにいました。

それにすっかり涼しくなって
あのひさめの冷たい体を抱くことには
ちゅうちょします。

隣の田の稲刈りの手伝いにきていた
「おふく」という娘と
親しくなってしまいました。

まん丸い顔。
よく笑います。
ひさめと反対の性格です。

なによりも肉づきのいい体はあたたかい。
いつまでも抱きしめていられます。

ひさめが研いだ刀のような美しさなら
おふくはちびたすりこ木のような
愛らしさがあります。



吹雪の荒れる夜
与作とおふくは
抱き合って過ごしていたとき
安普請の家は突風にきしみ
扉がばたりと倒れました。

『与作さん!約束をたがえましたね。

「お!おまえはひさめ!

『約束を解消しないうちに
『他の女と暮らすなんて!許せない。

『わたしは雪女!
『あなたもわたしのような
『冷たい体にしてあげよう。

ひさめがふっと息を吹きかけると
与作は凍りついてしまいました。

『おまえさんも運が悪かったね。
『いっしょに凍りつかせてあげよう。

「待ってくだせぇ。
「おら!みごもっています。
「おらはともかく
「おなかの赤ちゃんがふびんです。

『それはしのびない。
『このことをだれにもいわないと
『約束するのなら
『命だけは助けてあげよう。

「いいません!だれにもいいません。

おふくの命は助かりました。



『いわない約束だったのに
『いってしまいましたね。

『凍りつかせてあげるから
『与作のところへ行きなさい。

「待ってくだせぇ。
「おら!みごもっています。

『また!?

「すみません!またです。

『しかたがない!
『ホントに 2 度としゃべらないように。



『太平さん!隠しておいてごめんなさい。

『あなたはわたしの体を疑いもせず
『普通の女として
『やさしく接してくださいました。
『いつまでもご恩は忘れません。

『雪女にもどり山へ帰ります。

「待っておくれ。
「雪女でも雨女でも猿女でも
「おいらにとっては関係ありません。
「ずっといてくれればいいのです。

太平の引き留めにも背を向けて
ひさめは山へ帰って行きました。

『雪の日には
『少しだけ思い出してくだされば
『うれしいです。



吹雪の夜も
太平は豆を煮ていました。

ふと顔をあげると
ごーごーという音の中に
「たへいさ~ん」と呼ぶ
ひさめの声があります。

あるような気がする朝まだきです。
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ムショの雑煮 [はなしのはなし 食えぬ梨]

『12 月になったね。
『横木さん!いよいよ仮釈放ですね。

「あぁ!

『クリスマスと正月!
『シャバでできますね。

「ん。

『もっと喜んだらどうですか。

『『オレたちにはクリスマスはないけど
『『元旦には雑煮が食えるぞ。

「「え!?ムショで雑煮が出るんですか?

『『お前さんは初めての正月だな。

『1 日の朝だけ!雑煮があるよ。

「オレも食いてぇ。

『横木さんはシャバで
『もっとうまいもんが
『食えるじゃないですか。

「オレ!ムショで初めて雑煮を食ったんだ。

『『え!?どこの国で育ったの。

「むろん!日本さ。
「普段は愛人のところにばかりいる親父が
「正月には帰ってきてね。
「おふくろと兄貴とオレを連れて
「レストランめぐりだ。

「中華や寿司や鍋ものが多かったな。
「イタリアンもコリアンもあったな。

「「親父さん!富豪なんだ。

「バッタ屋だったのかなぁ。

「「バッタ屋?

「定価が 2 万円や 5 万円の
「たとえば洋服を!電化製品を!
「200 円とか 500 円とかで買ってくるんだ。
「1,000 着とか 5,000 個とかね。

「メーカーや卸し屋が
「困っている在庫品を買って
「いくつかに小分けして
「300 円とか 800 円とかで売るんだ。

「陶器でも!テレビでも!人形でも!
「いろんな見本みたいなものが
「家にごろごろあったな。
「酒もあったような!
「酒販の免許もないのにね。

「宵越しのカネは持たない
「経済観念のないおふくろだった!
「料理も家事も嫌いで
「毎日!ぜいたくざんまいよ。

「それが!調子に乗ったのか
「大きな取り引きに手を出して失敗!
「親父はひとりで蒸発したって訳よ。
「オレ!小五のときさ。

『債権者が押しかけたの?

「ところがあんまり。
「親父は若くてこぎれいな愛人のほうを
「いつも表に連れて歩いていたから
「みんな!愛人宅が家庭だと思って
「そっちに行ったようだった。

「それからの正月には
「おふくろは兄貴とオレに
「いくらかのこづかいを渡して
「オトコの元に行って帰ってこないんだ。

「5 歳上の兄貴も
「半グレ集団に混じって帰ってこない。
「こどものオレ!ひとりぼっちさ。
「正月は牛丼屋めぐりをしたり
「特上の弁当を買ってみたりしていた。

「すっかり落ちぶれてボロアパート住まい。
「薄い壁に耳をつけて
「隣の若いカップルが
「昼夜セックスしている声を聞きながら
「大きなケーキをひとりで食っていたよ。

『女はどうだったの?

「はたちのときに 10 歳上の女と
「暮らしていたことがあるけど。

「オレ!なんにもないんだ。
「学歴も!手に職も!器用さも。
「そんなオレによくしてくれたね。

『じゃ!正月があったのでは?

「いや!互いに仕事がない正月休みは
「セックスざんまいよ。
「めしを食ういとまもなく。
「若かったね。
「雑煮なんか!やっぱり知らなかったね。

「かの女!流産してね。
「そんな大変なときに
「思いやりに欠けたんだな。
「いや!どうしたらいいか分からないんだ。
「バカだったよ。

「結局!それが原因かどうか
「逃げて行ってしまったよ。

「それから!どうして生きていたやら。
「けんか早いけど組織にも入らずに。
「気がつくと
「カネのない 40 歳になっていたんだ。

「深夜!包丁を見せたら
「コンビニのバイトが
「さっと 10 万円出したんだ。
「簡単だね!ボロいね。

「ふた月後!またやったね。
「5 万円ばかリくれたね。

「それでやめておけばいいのに。
「永久に捕まらなくてすんでいたかも。
「また!それもすぐ!なん日か後に
「別の店に包丁を持って行ったのよ。

「そのときにはいきなり
「警報ベルがけたたましく鳴った!
「あわてたよ!
「しかし!なにも食っていなかったので
「たとえ!千円でも持って帰らなきゃ。

「包丁を振り回していたら!
「万事休すさ。
「しばらくあばれていて
「2、3 人にケガさせてしまったから
「罪が重くなったね。

「ムショで雑煮を食って感激したね。
「初めてでもあってね。

『あんまり豪勢なもんじゃないけどね。

「ゆでた丸餅がふたつ。
「小さなほうれんそうの葉。
「豚肉のかけらが入っていたよ。

「「餅!焼いてないんですか。

『そうだよ!大勢に出すのに
『焼いてなんかいられないよ。

『『オレの母親は関西人だったから
『『ゆでた丸餅だったな。

「「自分のうちは焼いた切り餅。
「「昆布か椎茸だしだったような。
「「汁が豚肉って!知らなかったなぁ。

『『ブリかサケの年もあったぞ。

「いくつも食っていますね。

『『はは。お前さんたちよりはな。

「ああ!仮釈かぁ。

『『シャバはカネがいるよ。

『少しはあるの!?

「あったら強盗なんかしないよ。
「ここで働いてできたカネは
「5 万もないだろ。
「支援団体のところへ行っても
「先がないわな。

『仮釈が消されるように暴れてみたら。

『『ここはなん百人いても小さな社会。
『『そんなことをしたら
『『すぐみんなに知れて
『『笑われて!つらいぞ。
『『豆どろ(強姦の類)以下の軽蔑だ。

刑務所にもよりますが
犯した罪によって順位(?)がつくようです。
豆どろは情けない行為とされています。

さらに!
うそつき!見栄張りは嫌われます。
私のようなうそ八百で生きているものには
つらい世界です!?
できるだけ行かないようにしたいもの。

外の営みから遮断された空間では
ほんのささいな幼稚なことでも
個人の情報は案外早く伝わります。
シャバの三流女学校の
うわさばなしと変わりません。
三流にも一流にも
女学校に行ったことはありませんがね。

「シャバに出てすぐ!カネが尽きて
「無銭飲食でもしかねないと思うと
「オレ!怖いんだ。

「天丼と漬けものを食って
「逃げて!捕まって!
「また!ここへ帰ってきたら
「恥ずかしいな。
「笑いものになるよな。

「「豆どろより
「「ずっとずっと以下の扱いですかね。

『親御さんやら兄さんに連絡をとったら。

「どこで生きているのやら
「死んでいるのやら。

「ああ!雑煮!食いたいなぁ。



そのころ!別の刑務所に
仮釈放直前の横木の両親と兄がいました。

「シャバに出たくないなぁ。
「正月にはここの雑煮が食いたいなぁ。
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はちかつぎ姫 異聞 [はなしのはなし 食えぬ梨]

15 歳のハナは
下級武士のひとり娘として育ちました。

両親は厳格で!
しかし慈愛に満ちた人でした。

男女区別なく教育され
読み書きなどの素養も身につけて
つましいながら
しあわせに暮らしていました。

それが突然!
父が流行病(はやりやまい)にかかり!
亡くなってしまいました。

母も病気になり寝込んでしまい
たちまち日々の活計(たずき)に困り
ハナは商家の越後屋のこどもたちの
家庭教師に通うことになりました。

母は病床でハナに
「世の中に善人も悪人もいない。
「毒も益もそのときの思いつきだけ。
「人間も動物も草木もみんな
「天から生かされているから
「生きなければならない。
と!さとしました。

それから間もなく母は父の後を追い
親戚もないハナは
ひとりぼっちになってしまいました。



越後屋は妙に親切でした。
家庭教師と
女衆(おなごし)の手伝いということで
商家に住み込むことになりました。

あるとき!
ひとり勉強の準備をしているとき
越後屋が入ってきて
いきなり抱きついてきました。

「いい体をしているじゃないか!
「おれが立派な女にみがいてやろう。
「楽しく暮らそうぜ。

ハナは驚いて家中!逃げ回りました。
さらに町中走りました。

「恥をかかせやがって!

越後屋は怒ってハナの部屋を
老朽化して建て替える予定の
四番蔵へ替えてしまいました。



あるとき!雨あがりの水たまりで
1 匹のアシナガバチがもがいていました。

ハナはそっと拾いあげると
ハチは刺したりしませんでした。

ハナは蔵に連れて帰りました。

ハチは蔵の入り口近くに落ち着き
巣作りを始めました。

崩れかかった蔵ですから
扉にすき間ができていて
ハチはそこから出入りできました。

やがて
10 匹のこどもを育ててしまいました。
そのこどもたちが
妹たちの世話をして
ハチの数がどんどん増えて
巣が大きくなって行きました。

また!突然!越後屋がやってきました。

「女はな!初めはイヤイヤというもんだ!
「そのうち!おまえから
「抱きついてくるようになるさ。うひひ。

好色な越後屋は
全然あきらめてはいないのです。

「ぎゃぁ!

越後屋がひっくり返りました。

頭と頬と指に
アシナガバチが刺したのです。



『だんなさま!
『ハチは夜露!朝露にあたれば
『飛べません。

という番頭のことばにうなづいた越後屋は
水攻めすることを思いつきました。

水の入った手桶を
男衆(おとこし) 5 人に持たせて
蔵に近づくと!たちまち
数十匹のハチが飛び出してきました。
みんな桶を放り投げて逃げました。

逃げ遅れた越後屋と番頭は
鼻や唇を刺されてしまいました。



その日からハナが蔵を出るときには
ハナの頭に 10 匹のハチが
とまっているようになりました。

美人のハナが町を歩けば
色気づいた若ものたちが
声をかけてきます。
すると!すぐに
ハチが飛び立ち!威嚇(いかく)します。

尻でもさわったら
2、3 発食らわされます。

ハナの心が動揺しなければ
ハチたちは静かにしています。

いつの間にか
ハナは「はちかつぎ姫」と
呼ばれるようになりました。



『そのほうに
『たいそう美人の
『はちかつぎ姫と呼ばれる
『娘がいるそうじゃの。

代官がやってきました。

「あのこでございます。

『ほほう!なるほど。

翌日!またやってきて

『ぜひ!わが屋敷で奉公させたい。

代官も越後屋に負けず劣らず好色です。

「どうぞ!どうぞ!
「もともと武家の娘でございますから。
「ただ、、、。

『ハチの巣があるだと?!
『ハチごとき!片腹痛いわ!

代官は勇躍!扉を開けると
たちまち!顔と腕を刺されてしまいました。

『武士を愚弄しやがって!
『ハチなんか
『火攻めに煙攻めでいちころじゃ!

家来衆を総動員して
火をつけた生の杉葉の束をもたせて
蔵の扉を開けると
あろうことか!蔵から風が吹き出てきて
煙は男たちのほうに向いてしまいました。

ハチたちは刺したい放題!

家来たちは杉の束を蔵に投げ込んで
ほうほうの態で逃げます。



蔵に火が着きました。

ハナは蜂の巣を取り
布で包んで走り出しました。

町を抜け!山をひとつ越えたところに
岩壁があり
臼が入るくらいの穴がありました。

その中にハチの巣をそっと置きました。

「ここなら雨露がしのげるでしょう。
「ここで!また!新しい巣を作ってね。

後を追ってきたハチたちも
みんな集結できました。

ハナはその場で頭髪を切り落としました。
もう!ハチがとまれません。

山中の尼寺に入りました。



たいそう美人で教養のある
尼がいるという評判が立ちました。

男たちがお参りするふりをして
細い山道に難儀しながら
やってくるようになりました。

「還俗(げんぞく)して!ぜひわが妻に。

「わが家の嫁に。

あまりにもしつこく大勢くるので
ハナは

「アシナガバチと
「仲よくなれる方をのぞみます。

といいました。

『ははは!ハチなんぞ!ほれこの通り。

「それはミツバチじゃないですか。
「春先のミツバチはめったに怒りません。

『ほれ!拙者なんか!
『こんな大きなハチを握れますぞ。

「それはクマンバチのオスではないですか。
「オスは刺しません。

『余はこの藩の藩主の三男である。
『しもじものもの!さがれさがれ。
『美人はわがものと決まっておる。

『ハチもさがれ!無礼もの。
『こう身分も違えば
『恐れ入ることであろう。

といって!
ぼんくら若君が
オオスズメバチをつかみました。

ハチが身分など知ったことじゃありません。
思いっきり刺したものですから
若君!アナフィラキシーショックを起こし
家来たちにかつがれて逃げて行きました。



ハナがあの岩を訪ねると
大きな新しい巣ができていました。

アシナガバチが喜んで
ハナの体にとりついて歓迎してくれました。

ハナは小さな観音像を
巣の下に安置しました。

頭に 17 匹の
ハチがのっている観音さまです。

眉間の白毫(びゃくごう)にも
ハチがとまっています。

人々は「はちかつぎ観音」さまと呼んで
通るときに手を合わせるようになりました。

「はちかつぎ観音」さまは
今もあなたの近所におわします。
きっと。

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新鉢割った 毒梨食った [はなしのはなし 食えぬ梨]

境内の東南の隅の高い木に
突然!花が咲いて
握りこぶしより大きな実が
50 個近く生りました。

「和尚さま!これはなんですか。

小坊主の水建(すいけん)が問うと

『梨(なし)の実のようじゃの。

住職の稲水(とうすい)が答えました。

『わしがこの寺にきた 20 年前に
『もうすでに
『軒(のき)の高さを越えていたが
『1 度も花を見なかった。

「いずれ赤くなるのでございますか。

『おまえさんのいうのは赤梨じゃな。
『これは青梨じゃ!赤くはならぬ。

このあたりでは赤梨ばかり。
青梨を見た人は少ない。

『たぶん!毒梨じゃろ。
『さわるんじゃないぞ。

でも!水建はふしぎに思います。
梨の実が減っているのです。
夜中にこっそり見ていると
和尚が品定めをしています。

よく熟れていそうなものを
ひとつとって行きました。
和尚はひとりで食べていたのです。



さむらいがやってきました。
この村の分限者(ぶげんしゃ=金持ち)の
三男ですが
武士の株を買ってさむらいになり
お城づとめをしています。

『これはこれは五右衛門さま。

「ご住職!これは?

『青梨でございましょう。
『樹齢がおそらく 30 年。
『初めて実をつけました。

「青梨とは珍なるもの。
「ひとついただけませぬか。
「殿がたいそうな食通で
「珍しい食材を日夜お探しゆえ。

『それなら!おひとつどうぞ。



翌日!また五右衛門がやってきました。

「ご住職!殿がお喜びです。
「できるだけたくさん
「求めてこいとのことです。
「1 個 1 両は出しますから
「全部ゆずってはくれぬか。

『承知しました。
『もう少し!完熟をお待ちあれ。



その日!本山から
昔なじみの僧がやってきました。

稲水が本山の
典座(てんぞ)だったころの同輩です。
典座は食事係のことですが
この宗派では重要視されている職務です。

本山の大きな塔頭(たっちゅう)の
極楽院の和尚が床に伏して 1 年。
もう先がないだろうとのこと。

そこで!つぎの和尚が決まるまで
極楽院を稲水にあずけようという
はなしが出ているそうな。

「そのまま無事に半年もつとめれば
「正式に極楽院の院主になれるだろう。

「今の極楽院の院主さまは
「本山の
「権法主(ごんのほっす)でもあらせられる。

「じきに貴僧も権法主に任命されるだろう。
「するとその上の法主になれるかも。
「いや!案外!とんとんとんと行くやも知れず。
「今の法主さまもお年で
「隠居したがっておられるそうな。

「貴僧が雲の上の法主になれば
「もう!わしと口をきくこともないのぉ!
「がはは。

すごいはなしを持ってきたのでした。



稲水はうれしくて
浮き足立ってしまいました。

『こんな片田舎に
『沈んでいる場合ではないわい。

『極楽院かぁ。
『坊主!小坊主!寺男が 50 人はいるだろう。
『まず足元には印象をよくしておかねば。
『手土産を用意して行かねばなるまい。

『各塔頭にもつけ届が必要じゃろ。

『へそくりはない。
『梨をお城に売ったら 50 両入るか。

『そうだ!お菊がいる。
『隣村の分限者の隠居がお菊にイヤに執心だ。
『妾にしたいといっている。

『まったく男の手が
『ついていないのがいいらしい。

『たしか!支度金を
『50 両は出すといっていたな。
『そのうち 10 両は
『お藤にくれてやって手切れ金にするか。

和尚は清廉潔白を装っていますが
隠し妻のお藤がいました。
村はずれに住まわせて
なにくわぬ顔をしていますが。
お菊はその娘!すなわち和尚の子でした。

『水建は連れて行かないほうがいいだろう。
『なにかと知らなくてもいいことを
『知ってしまっているからの。
『隣の寺に預けよう。

なんてひとりで計算しているのを
小坊主はこっそり聞いていました。



「お藤さん!大変です。
「和尚はわたしたちを捨てるつもりです。
「お菊さんは売るつもりです。

「わたしは坊主をやめて
「江戸の伯父さんの跡をついで
「だんご屋になろうと思います。

「お菊さん!わたしが口減らしに
「この村にきたときから好きでした。
「わたしといっしょになって
「だんご屋をしませんか。

『水建さま!わたしもあなたを
『にくからずお慕い申しておりました。
『お嫁さんにしていただけますか。

「お藤さん!あなたもいっしょに
「江戸に行き!暮らしましょう。

『足手まといにならぬようにしますから
『どうかよろしくお願いいたします。

なんて!はなしがまとまってしまいました。



『水建や。
『本山に所用ができた。

稲水は落ち着かず
本山にそれとなく
様子を見に行く気になりました。

『4、5 日で帰るからな。
『しっかり留守番をたのむぞ。

『あの毒梨!よく番をするように。
『キツネやシカがきたら追うのじゃぞ。
『空からカラスやサルが
『こないともかぎらんぞ。
『毒だからの!
『あいつらが食って苦しむのは
『可哀そうじゃろ。

和尚が出て行くと
小坊主はすぐ!お城に走りました。

「五右衛門さま!すぐお採りください。
「よく熟れております。

五右衛門は下働きを連れてきて
みんな収穫して行きました。

「殿からのごほうびじゃ。

50 両を置いて行きました。



「お藤さん!お菊さん!
「おカネができました。
「すぐお立ちください。
「みっつ先の宿場で待っていてください。
「和尚に引導を渡してから
「すぐ行きますから。

和尚が帰ってきて!驚きました。

『水建!水建!
『どうしたことじゃ!
『梨がひとつもないではないか。

「わたしが食べました。

『どうしてじゃ!

「和尚さまの大事な鉢を割りました。
「死んでおわびしようと
「毒梨を食べました。

『はて!?
『そんな鉢!あったかいの?

「新鉢(あらばち)でございます。

『ん!?

「お菊さんの新鉢を
「この股間の棒で割りました。

『なんということをしてくれたのじゃ!

「おわびに毒梨を食べたのですが
「いくつ食べても一向に死にません。

「お藤さんもお菊さんも
「いっしょに死ぬといって
「みんなで食べて!食べて!
「とうとう全部食べたのですが
「まだ死ねません。

『お菊を傷ものにして!
『梨を食ってしまって!
『もう弟子でもなんでもない!
『出て行け~!



それから 1 月。
和尚は寺の本尊だけ残して
仏像・仏具!みんな売り払い
少々の金子を作り
朗報を待っていたのですが。

おなじ宗派の隣の村の僧が
本山帰りの途中に寄りました。

『極楽院のはなし
『聞きませなんだかいの?

「ああ!極楽院の院主さま。
「1 年も寝込んでいたのじゃが。

『そうそう!
『それでご存命かの!
『お亡くなりしていないかの。

「なんの!なんの!
「見舞いに到来した青梨を食べたら
「急に食欲が出たそうな。

「それから 10 日もせぬうち起きあがり
「今じゃ!若い僧たちの先頭に立って
「朝から水垢離(みずごり)も
「されておるそうな。

『お元気なのか。

「もう!大丈夫。
「当分!いや!
「だいぶ先まで心配はいらぬようじゃの。



「新鉢」を割って!
食べたのが「水建」だったので
それからこの果樹を
「新水」と呼ばれるようになったそうな。

ときは流れて
白髪の老人になった水建が通りがかったら
梨の木は枯れていて
探せば!
朽ちて行く株元がありました。

寺は無住になっていました。

さらに気の遠くなるほど!ときは流れて
今!「新水」と呼ばれているものは
青梨ではなく!赤梨です。
新鉢を割ったから命名されたものかどうか
私は知りません。
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初秋のあだし野念仏寺 [はなしのはなし 食えぬ梨]

清滝に向かう道がゆるやかにのぼっている。

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人が絶えている奥嵯峨。

「一之鳥居まで行ったよね。

かの女がいった。

「茶店でおだんご!食べたのだった?

ぼくはことばをさぐりながらいった。

ふたりでは 1 度しか歩いていないはず。
愛宕山の往復やら
高雄からくだったり
保津峡に抜けたり
いろんな人と!もちろん女性とも
なん度も通っていた道だったので。

女性の高い声が連続して聞こえた。

化野(あだしの)念仏寺の参道の石段に
老婆 3 人のグループがいた。
ひとりの老婆が倒れている。
頭から出血しているようだ。

「救急車をお願いします。

偶然!近くを通っていたらしい
ふたり組の老爺のうちのひとりが
ケータイで叫んでいた。

「70 くらいのおばあさんです!

と!おじいさんが叫べば

「82 歳です。

連れのおばあさんが訂正しているのが
不謹慎ながらくすりと笑えた。

「どうしよう。

かの女がいった。

「なにもできないから!失礼しよう。

なにもできないものは
この場にいないほうが
よけいな混乱がないと判断したのだが
ぼくはあい変らず
思いやりのない性格だなと
少し恥ずかしく思った。

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化野念仏寺は
「あだし野念仏寺」と表示してある。
現代風なのか!なんなのか。

自動販売機で
ひとり 500 円の拝観券を入手する。
こんなひなびた場所なのに自販機。
なんだか心が緩んだ。

たぶん!少し前までは
内外の観光客が押しかけていたのだろう。

夏が終わっていた。

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「み~ちゃん!元気?

かの女がいった。

「ん。

み~ちゃんはぼくの妻になっていた。

バイト先がいっしょだったので
かの女とみ~ちゃんともうひとりの女性と
4 人で連日のように
安居酒屋で長時間飲んでいた時期がある。

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「スカートの風(呉善花著)を
「貸してくれたよね。

「そうだった?

「処女と非処女との価値が
「月とスッポンほどの差があるんだよね。

「そうなの?

「読んでないの?

「忘れた。
「でも!それ!韓国のことでしょ。

「あたし!処女だったよ!あのとき。

「おれだって処女だったよ。

「武田鉄矢かよ。

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ぼくは大学に入学してすぐ
映画愛好会に入ってしまった。
かの女もその会にいた。

3 月ほどで
ビデオと DVD を一生分ほど観た。

その中に「幸福の黄色いハンカチ」
(山田洋次監督)があった。

しつこくせまる男と拒む女の場面。
桃井かおりが
「わたし!処女じゃない」といったような。
武田鉄矢が
「おれも処女じゃない」と答えたような。
そんなセリフだったような。

そこでなぜかみんなが笑った。
ストーリィもなにも忘れているのに
そこだけ覚えているのがおかしい。

かの女は会長の先輩女性の
意にさからって!脱会した。
その後!ぼくも会費未納でやめさせられた。

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「初体験同士が結婚するのが
「結局!一番都合がいいんだって。

「ん。

「わたしといっしょになる?

「ん。

「み~ちゃんと別れられる?

「ん。

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「最期はみんな野ざらしよね。

「ん。

「これがみんな墓石なら
「墓石を置いた人が寂しがってる。

「ん。

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竹林の高いところで風が泣いた。

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「わたし!どうして
「変なことばかりいうのだろ。

「どうしてかな。

六面六体地蔵さまがおわします。

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「六道の世界にいるのね。

「だれが?

念仏寺の参道に出ると
なにごともなかったように
静寂の石段があった。

「どうして今日
「人影のない嵯峨野なのに
「あなたと出会ったのだろ。

「どうしてかな。

八体地蔵のある分かれ道まで降りてきた。

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「祇王寺(ぎおうじ)に行くから。
「あ!もういいよ!ひとりで行きたいから。

「じゃ!おれ!
「寂庵(じゃくあん)のほうへ行くよ。

「ばいばい。

「あ!あのね!わたし!
「いっしょに住んでいる人!いるんだよ。

「そ。

「あのね!男の人じゃないの。
「女性だよ。
「そんな仲だよ。

「そ。

「わたし!どうしてこんなこと!いうのだろ。

「どうしてかな。

「ばいばい。

「じゃ。

「あ!寂庵に行っても入れてくれないよ。

「ん。
「田んぼの中を通って釈迦堂に行くから。

ふり向くと
遠ざかるワンピースがやけに白い。
反射的にカメラを構えた。
かなりピントのはずれた画像が 1 枚!
撮れただけだった。



(敬称略)
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