SSブログ

飛鳥 高松塚は性倒錯の匂い [いわなが姫の丑の刻参り]

明日香村の高松塚古墳の前で座っています。

blog1.jpg

急ぐ旅でもないですから。

傍(はた)から見ると
人生あきらめたような姿かも。
どんでもない!
食い気と色気のマグマは秘めていますぞ。

この古墳から極彩色の壁画が発見されたのは
1972 年のこと。

そのとたん!なん度目かの古代史ブームが!
にわか歴史家が押し寄せたそうです。

多武峰(とうのみね)頂上と
岩船山との直線上に
石舞台!島の庄!酒船石!
板蓋宮跡!川原寺跡!橘寺二面石!
天武・持統陵!高松塚!文武陵!吉備姫墓猿石!等
史跡が集中しているといって
謎を解こうとしたのは
松本清張ですか。(松本清張著/火の路)

清張のラインは東西ですが
南北のラインを考えたのは司馬遼太郎です。

藤原京の朱雀大路の延長線上に
天武・持統陵!文武陵!等があるとか。
それは「聖なるライン」だから
皇族以上の墳墓しか作れないはず。
そこに高松塚がある!のだそうです。
(司馬遼太郎著/歴史の中の日本)

そのラインがいかほどのものか。
ひなたぼっこの心貧しいものには
分るはずもありませんがね。

まぁ!これまで名前の上がった被葬者候補は
10 名以上。

私は(根拠はないので無視してくだされ)
文武天皇ではないかと
思っていたこともあるのですが。

古墳と壁画に妙なやさしさを感じます。

不謹慎ながら
被葬者は男でありながら女の匂いが強い!

性倒錯には敏感な私(うそですからね!)が思うに
女っぽい。

文武帝は 42 代。
ちなみに
41 代は持統天皇
43 代は元明天皇
44 代は元正天皇
前後女帝だらけ。

やたら女性ばかり目立つ時代。
だからやさしく感じる高松塚は
文武帝の埋葬地のような気がしただけですが。

ちなみに持統帝は父(草壁皇子)の母!
母(元明帝)の姉!

皇族は大変です。
おばさんがおばあさんを兼ねていたり
姉妹兄弟が親子になったり!夫婦になったり。

が!思いつきだけおしまい。
違いますね。
高松塚で眠る人は人骨の鑑定から
高齢者だったそうですから。

文武帝は 24、5 歳で崩御しています。

文武陵は高松塚のすぐ近くです。
その宮内庁の治定を
単純に信用していないだけで!すみません。

なんか!ぼんやり!
ぼんやりしていると
頭の中!蝶々が飛んでいます。

支離滅裂になってきました。

blog2.jpg

高松塚の上に
空調設備が置かれたり
上屋が建てられたりした時期もあったのですが
カビにやられてビョーキが進行した壁画は
取り出され入院中らしい。

今は静かな丘にもどっています。

(敬称略)
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。