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波平係長が行く [はなしのはなし 食えぬ梨]

1)


「係長はお酒をお飲みになるんですか。

部屋の隅に置かれた机に
仏頂面で座っている
影田(かげた)係長に
新入社員の美鈴(みすず)は聞いた。

「飲むよ。
「しかしだね!ひとりで飲むよ。
「バカばなし!エロばなし!
「くだらんスポーツの話題ばかりで
「騒ぐ場所に行くのは大嫌いやさかい。

いつもエラそうに!
東京ことばをまじえた大阪弁を
しゃべる係長である。
が!単語は東京弁のつもりらしいのだが
アクセントは大阪府も辺境の
ベタベタの奥河内弁のままだ。

ここ営業 12 課は
とても小さな部署である。
人形課ともいわれ
空気人形の販売に特化している。
空気人形とは高級ダッチワイフのこと。

40 歳の大月課長。
35 歳の下田課長代理。
32 歳の木下主任。
30 歳の竹本係長。
26 歳の大川。
そして紅一点の美鈴である。

あ!それにまったく戦力にならない
45 歳の影田係長がいる。

影田は頭頂部が
カッパのようにはげてきている。
かれのことを陰では
「かげた」とはいわず
「ハゲた」とか
「は~ちゃん」とか呼んでいる。

それに課長以外は
役職名では呼ばないのだが
影田だけには「係長」と
半ば侮蔑!揶揄(やゆ)していっている。

係長はふたりいるのだが
単に「係長」といえば
係長歴 14 年の影田のことである。


2)


「59 円だったよ。

「いいね~!

「なんのはなし?

「ジョッキのハイボールが 59 円。
「午後 7 時半までの価格やけど。
「それにアテ(肴)は
「200 円のものがいっぱい。
「ハイボールを 5、6 杯飲んで
「アテをひとり 2 品も注文して
「シェアして食べたら!
「割り勘で!千円であがりませんか。

「よし!今夜はみんなでそこに行くか。

「は~ちゃん!どうします。

「絶対にいうな!酒がまずくなる。
「連絡は LINE かメールでやろう。

「大変です!尾行されました。

ハゲ田はちゃんとやってきた。

「おね~さん!ハイボール 7 ね。

「オレはいらん!ハイボールは嫌いだ!

「係長!今夜は
「ハイボールを飲みにきたんですよ。

「知らん!
「なにを飲もうがオレの勝手やろ。
「ね~ちゃん!
「このクラフトビールとはなんや?

「おいしいですよ~!
「1 杯 590 円で~す。

「おお!オレはそれだ!

口もきかずに係長はビールをあおるだけ。

「ああ!ね~ちゃん!
「カンパチとタコの造り(刺し身)ね。

「係長!高いもん!やめてください。

「うるせ~!
「ずり(鶏肉砂肝)や
「ポテトなんかで飲めるかぁ!

「え!?お勘定が 11,500 円!
「個々の払いにしませんか。
「係長がひとりで
「4,000 円は飲んでいますよ。

「おまえ!ふざけたことをいって
「課の和を乱すなよ。

「乱しているのは係長じゃないですか。

「オレはなにもきたくもないのに
「協調を考えて!
「しかたなくきてやったんや。
「割り勘にしなければ
「しこりが残るくらい分かれよ。
「だからイヤなんだよ。
「おまえらのようなバカと飲むのは。
「もうつきあってやらないからな。

(ほんとに 2 度とこないでね。


3)


「明日!足慣らしに 20km も走ろうかと。

「みんな!元気がいいなぁ。

「来月の 100 キロマラソンに
「エントリーしようかと思うんです。
「課長もどうですか。

「かんべんしてよ。
「ま!朝!起きられたら
「自転車で散歩がてら見に行くよ。

「大川も自転車でいいから
「気が向いたらおいでよ。
「ともかく 30 代 3 人で頑張ります。

「淀川の毛馬(けま)の
「与謝蕪村の碑の前に集合!

「わたし!家が近いから
「なにか食べもの!差し入れますよ。
「サンドイッチか!から揚げかなにか。

「申し訳ないね!美鈴ちゃん。
「じゃ!材料費をひとり千円ずつ出そう。



「いい天気だ!頑張ろう!

「サンドイッチを作ってきました。

「ありがと。
「あ!大川クンもきてくれたの。

「実家の父がもらいものの
「ビールをくれたので持ってきました。
「走った後!飲んでください。

「気の毒やな!買うよ。
「1 本 200 円でゆずってよ。

「あ!課長もきてくれたんですか。

「オレ!走らないけど。
「女房が持って行ってというから。

課長はワインを 2 本と
チーズと魚肉ソーセージを差し出した。

「美鈴ちゃんはアシスト自転車か。
「飲みものを積んで
「鳥飼(とりかい)大橋まで先着してよ。



「なんだ!なんだ?!
「あのどハデな男は?!

黄色と緑色のパンツから
ゴボウのような黒くて細い足を出して
ハゲ田が走ってきた。

「係長もジョギングですか。
「お疲れさまです。
「じゃ!

「じゃじゃない!いっしょに走るんだよ。

「いっしょ!?
「個々に力量が違いますから
「いっしょというのは!無理です。
「どうぞ!お先に。

(ヤバいなぁ。
(なんでくるんだよ。

(オレ!土手の上を走るから
(木下は河川敷!
(竹本は芦の原の中の小径!
(ともかくバラバラになって!
(あのおっさんから逃げようよ。



1km 以上引き離して
なんとかのがれられて
芦の原の中に隠れて休憩することに。

「ビール!うまいなぁ。
「美鈴ちゃん!揚げもの!上手やなぁ。

「油に放り込めばだれでもできますよ。

「いい気持ちになったね。
「今日はこれで終わって
「もう!飲み会でもいいか。

「ここにいたのか!

「ぎゃぁ!係長!

(なんでまた!探し出すんや!

(あ!?
(わたしの自転車を見つけたんやわ。

「うまそうやな。

「係長!勝手に食べないでくださいよ。

「なんだ!そのいい方は!
「日ごろメンド~みてやっているのに!

「みてもらってますか!?

「おまえ!口のきき方を勉強しろ。

「ああ!そのビール!
「おカネくださいよ。

「今!持ち合わせがない!
「そのうち!払ってやる。

ハゲ田はたてつづけに 3 本も飲んで
ひっくり返ってしまった。

「ちっ!興冷めだな!走ろうか。

「そうですね。

「なんだ!もう飲まないのか。

係長は上半身起きあげていった。

「もう終わりなら
「このワイン!いらないのか。
「河川敷に捨てておいたらゴミになる。
「しかたがない!
「持って帰って処分してやるか。

(どこまで厚かましい男だ!


4)


「課長!
「は~ちゃんはどうして
「ぼくらにつきまとうんですか。
「嫌われていること!
「分からないんですか。

「同期の太田部長がいっていたけど
「同期の集まりにも
「きちんと顔を出すらしい。

「係長のときの採用は少なく 7 人だけ!
「でも!あたり年だったらしく
「みんな出世が早かったそうな。

「入社 2、3 年で係長!
「30 代になるとすぐ管理職!
「主任!課長代理!課長と足早に進み
「今は常務取締役!取締役と部長が 3 人。
「九州支店の次長が来月
「本社の総務部長になるから
「全員!部長以上ということになるな。

「全員といっても!は~ちゃん以外ね。

「は~ちゃんは
「お勉強ができたのが自慢らしく
「実社会ではなんの役にも立たない
「こまかいへりくつばかりいって
「嫌われたんだろうなぁ。
「31 で係長にしてもらって!そのままや。

「部長職の課題や苦労などを
「忌憚(きたん)なくはなしてみたい
「同期の会には
「係長ではきにくいだろうと
「声をかけないらしいのだが
「かぎつけて!ちゃんときていると
「太田部長がため息ついていたよ。

「たとえ声がかからなくても
「強引にどこにでも出席する特技は
「だれにもまねのできないすごいことや。

「人事部長がね!オレに頭をさげるんや。

「引き取り手のないハゲ田を
「1 年だけでいいから所属させてくれって。

「オレが新人のときに
「当時主任だった部長が教育係で
「大変お世話になったから義理があってね。

「それがまた!今年の春
「もう 1 年だけ頼むといわれてね。
「人事部も困っているけど
「こちらはエラい迷惑なはなしだよね。


5)


「土佐堀川・藤吉郎は高級割烹ですね。

「一番安いランチでも
「20,000 円だそうだよ。

「でも月に 1 度!日曜日に
「税込み 5,000 円で
「ランチを出していますよ。

「大川!若いのによく知っているね。

「ぼく!学生時代にあそこで
「皿洗いを 3 年していたんです。

「まかないはよかった?

「まかないは年中!海鮮丼ですよ。
「魚介やだし巻きなんかの
「切れ端を貯めておいて
「ごはんに好きなだけのせていました。
「料理長からバイトまでいっしょです。

「格安ランチの調理は若手料理人の
「研修を兼ねているんですよ。
「でも!先輩のもとで作り
「ヘタなものではありません!お得です。
「1 万円でも出せそうなものです。

「高いけど!たまにはいいか!
「すぐ行こうよ。

「ダメですよ!
「2 年くらい先まで
「予約でいっぱいですよ。



「課長!取れました!予約。
「なんとなく Net を開いたら
「偶然!キャンセルが出ていて!
「今月!行けますよ。

「よくやった!
「で!は~ちゃんは?!

「空きは 6 人でした。
「係長の分はありませんよ。

「ははは!エかった!エかった!



「ここが藤吉郎です!みなさん。

「大川クンじゃないの!久しぶり!

「よしこさん!
「その節はお世話になりました。

「立派になって。よかったぁ。
「案内するわね。6 人さまね。 

「いや! 8 人や!

「わ!?
「係長!どうしてここへ?!

いつの間にか!
後ろに係長と女が立っていた。

「無理ですよ!
「6 人しか予約していないのに。

「それなら!若いほうからふたり帰れ。

「そんな!勝手なことを!

「若いものには不向きなんだよ!
「おまえら!牛丼の大盛りでも食ってろ。

「無茶いわないでくださいよ。

「しかたがない!オレが抜けるよ。

「課長が抜けるのなら!ぼくも。

「いや!ぼくが抜けるから。

「ああ!抜けてしまえ!うっとうしい。

「なんてこというんですか!
「悪いのは係長でしょうが。



「大川クン!
「料理長にはなしたらなんとかするって。
「せっかくきてくれたんだものね。

「すぐふた席追加しますね。

「当然だ!
「こんな店は 6 人前の材料を 8 人前やら
「10 人前にするのは日常茶飯事だ。

「係長!なんてことをいうんですか。

「ぼったくり専門だから
「こんな大きな店舗になっとるんや。
「オレにかかれば!なんでもお見通しだ。



「ところで!係長!
「横の女性はどなたですか。

「おまえはバカか!
「女房に決まっとるやろ。

(だったら!ちゃんと紹介しろよ。

「初めまして!
「課長の大月でございます。
「ご主人にはいつも
「お世話になっております。

「はぁ。

(おいおい!それだけかよ。
(もっと!おとなの会話ができないのかよ。
(亭主が亭主なら女房も女房だな。

「キミ!持ち帰り容器を持ってきなさい。

係長夫婦は乾杯が終わるや否や
片っ端から料理を詰め始めた。

(なんだ!なにしにきたんだ!あいつら。

わずかな小鉢をふたりでつつきながら
ビールだけは気前よくあおっている。

「木下!それいらないのか。

「酢のもの!苦手なので!
「後で食べようかと。

「じゃ!食べてやるよ。

(おいおい!木下のキュウリをとって
(ふたりで食べているぜ。

「お客さま!お造り(刺し身)は
「お持ち帰りにならないように
「お願いします。

「オレがなにをしようがオレの勝手だろ。
「それを家で食って!あたったといって
「カネをせびりにくると思っているのか。
「オレはそんなセコい人間じゃない!

「キミ!きちんとふたがしまる器を
「ふたつ持ってきなさい。
「吸いものと
「小鍋のだしを持って帰るんだよ。

「そんな容器!ございません。

「じゃ!買ってきて。
「百円ショップに行けばあるやろ。

「お受けできません。

「気分の悪い店やな。
「帰る!
「おい!ふたり分 1 万円おくぞ。

「係長!酒代がプラスされます。

「なんだぁ!酒代くらい先輩の
「課長や課長代理が
「私が払いますくらいいうのが礼儀だろ。

「入社順でいえば!係長が一番先輩です。

「明日!会社で払ってやらぁ。
「1 円単位まできちんと割り算しておけよ。
「ホントに気分が悪い!
「こなければよかった。
「2 度と誘うなよ。

係長夫婦は四角い器に汁を入れて
水平に保つのに苦労しながら帰って行った。


6)


「太田部長!大変でしたよ。
「恥ずかしいのなんの。

「夫婦で!しでかしたか。はは。

「あのふたり!
「町内会長が引き合わせたそうだよ。

「町内会長はマメなひとで
「餅つきや!線香花火大会や
「いろいろ!主にこどもを対象にした
「催しをしているそうな。

「催しが終わった後
「少し飲んだりするとき
「あいつ!いつも
「ちゃっかり座っているとか。

「一切の役員も引き受けず
「手伝いもせず
「ボランティアも拒否しているのに
「飲むときには姿を現すそうだよ。

「それで町内会長と知り合いになった。

「町内会長の奥さんが
「化粧品のセールスをしていて
「かの女を知っていた。

「そんで見合いを設定したんだな。

「影田が本厄の 42 歳。
「かの女も本厄の 37 歳。
「ともに 13 回目のお見合い。
「あ!いっしょや!いっしょやと
「なんだか悲しい同士が大いに意気投合。

「でも!デートを企画する気はないのか
「する能力はないのか!
「会長の奥さんに聞いた
「電車で 30 分のお寺の落語会で逢い引き。
「会うのは月に 1 回の
「落語会に行くときだけ。
「お寺の縁側で弁当を食べていたそうな。
「ケチな影田は買うことはなく
「自分で作ってきていたとか。

「で!どうするのかとすぐ聞かれるわな。
「が!優柔不断なふたりは
「ふにゃふにゃ答えるだけ。

「3 年も経ったとき!かの女の母親が
「娘も 40 になるので
「結婚しないのなら
「他に探すと怒ったんだな。

「そうしたら!したらいいんやろと
「開き直り結婚。
「常識知らずの40 代!生娘と童貞の結婚!
「なんというか!ただ!すごいねぇ!
「まぁ!めでたいのやら!あきれるやら。


7)


「竹本クン!なんだ!それ。

「白川和子の DVD です。

「だれ!それ?!

「日活ロマンポルノです。

「大昔の映画!?
「キミ!生まれてないときの
「ものじゃないの!?

「昭和 40 年代 50 年代のものですよ。
「友人が白川和子のこと!調べていて
「日活ロマンポルノの大研究家(!)の
「スナックのマスターから
「10 日間の約束で
「借りてきてあげたのです。

「おい!それ 2、3 日貸してくれ。

「係長!ダメですよ。

「セコいこというな!
「ちょっと見るだけやないか。

「ああ!さわらないでくださいよ。

「すぐ!返してやらぁ!

係長はDVD を 3 枚つかんで
脱兎のごとく部屋を飛び出して行った。



「係長!返してください。

「ない。

「ないじゃないでしょ!

「ないからしかたないやろ。

「だれかに貸したんですか。

「貸してない。

「落としたんですか。

「落としてない。

「いつからないんですか。

「持って帰って 2 日目だ。

「捨てたんですか。

「捨ててない。

「じゃ!探してくださいよ。

「探してもない。

「どうするんですか。

「ないものはない!でいいじゃないか。

「弁償してください。

「知らないよ。

「知らないじゃ!すまないでしょう!

「ケーサツでも行って訴えて!笑われろ!


8)


「みんな!聞いて。

「今年の営業部の社員旅行の
「持ち回りの幹事は 11 課だが
「あそこもうちとおなじ少人数だから
「11 課と 12 課合同でやってくれと
「部長にいわれた。

「とりあえず!おおまかな企画と
「旅行社との打ち合わせが必要。
「係長にお願いできますか。

「やめてくれよ!この忙しいとき。

「手すきなのは係長だけです。

「あんな!自慢しているようだから
「いいたくはないがね。

(じゃ!いうなよ。

「オレ!大利根川上流大学を
「トップで卒業して入社したんだ。

(どこにあるんだよ!そのガッコーは。

「すぐにでも経理部長になって
「この会社のカジ取りをしてくれと
「先代の社長にいわれたんだ。

「だから!
「今日にでも辞令が出てもいいように
「毎日!会社の将来の策を練っているんだ。
「それで!忙しいんや。



「係長!ドンデン商事に
「打ち合わせに行ってください。

「そんなとこ!だれかが行けよ。

「年に 1 億円ばかリ
「買っていただいている得意先ですので
「係長のような常識のあるひとでないと
「相手に嫌われたら困ります。

「そりゃ!そうだろうけど。

「それにランチをいっしょにとのことです。

「ランチ!?

「“毛沢山(もうたくさん)” でどうかと。

「あの高級!四川料理の!?

「そうらしいです。
「本来ならこちらが
「接待しなければならないのですが
「先方からいわれるとは!
「高価な 1 万円ぐらいランチを
「用意してくれているのじゃないですか。

「やっぱり!見識豊かな係長でないと。
「余人に代えがたしです。

1 万円と聞いて目の色が変わる男だった。



「いやぁ!影田さん!あなたは博識で。

「いや!それほどでも。

「ぼくなんか学歴もなにもないでしょ。
「裸一貫できたものですから
「頭のいいひとの前では
「委縮してしまいますな。
「こんな店も実は苦手なんですよ。
「あなたはよくいらっしゃいます。

「まぁ!ときどき。

「この麻婆豆腐!おいしいですね。

「いつも食べている味です。
「唐辛子がたっぷりがいいですね。

「影田さん!これ!山椒じゃないですか。

「ああ!そうそう!山椒ですね。

「暑くなりましたね。
「鴨川には
「川床(かわゆか)が造られていますね。

「そうですね!川風に吹かれて
「冷酒なんかキュー!たまりません。

「聞くところによると
「ござに座って
「あぐらをかいて
「冷酒をキューッ!
「鮎の塩焼きをガブッ!
「よだれが出ますな。

「影田さん!行かれたことは?

「ま!月に 1 度くらい。

「月に 1 度!?
「それじゃ!行きつけの店も。

「2、3 軒ばかりですかね!
「オレだ!オレだといえるのは。
「料理長は友だちみたいなものです。

「東京からお客がくるんです。
「そのひとたち!
「川床に行きたいようなので
「招待しようかと思っているんです。
「そうですか!あなた!常連さんでしたか。

「ま! 2、3 軒ですけど。

「その店に連れてってもらえませんか。

「あ!わたくしが!ですか。

「お客さん 6 人。
「当社 3 人。
「影田さんもうちの社員の顔をして
「並んでください。

「お頼みします。
「ござに座って
「あぐらをかいて
「冷酒をキューッ!
「鮎の塩焼きをガブッ!
「はははは。



「美鈴クン!
「川床の予約をとってくれないかなぁ。

「それくらい!
「係長!ご自分でしてくださいよ。

「大川!川床にでんわしてくれ。

「川床のどこなんですか。

「さぁ!それだ!
「ドンデン商事も無茶をいうよなぁ。
「川床なんて!
「大昔に同期会で 1 度行っただけや。
「それもランチだった。
「オレが知るわけ!ないやろ。

「検索してみたらどうですが。

「そうしてくれよ。

「パソコンもスマホも
「使い方で知らないことはないと
「おっしゃっていませんでしたか。

「川床の検索だけはしたことがないんや。

「おんなじじゃないんですか。

「しかし!なんで忙しいオレが
「よその会社のことなんか。

「今日の折り込みのフリーペーパーに
「川床のどこかの広告がありましたよ。

「おおお!これだ!これだ。
「“羅馬の休日” !?
「なんと読むんだ!らばのきゅうじつ?!
「そうか!ラバだ!ロバの仲間だ!
「オレはなんでもすぐ分かる!
「バカどもと知識の量が違う。
「よし!だれかここにでんわしてくれ。

「でんわより Web 申し込みのほうが
「こまかくチェックを入れられるので
「抜けが少ないですよ。

「分かっているわい!そんなこと。
「でも!ま!でんわにするか。

「もしもし!ドンデン商事 10 人ね。
「ん!?
「そうそう 15,000 円のコースでいいよ。
「内容のこまかい確認!?
「いいよ!いいよ!分かっているよ。
「なんでもよく知っているんだ!オレは。
「はいはい!頼んでおくよ。

「ははは!オレにかかれば簡単なもんだ。



「みなさ~ん!
「今日は男ばかりです。
「ござに座って
「堂々とあぐらをかいて
「冷酒をキューッ!
「鮎の塩焼きをガブッ!
「大いに京都の夜を楽しんでください。

「影田さん!どっちですか。

「え~と。

「行きつけでしょ。

「ひと月こないと忘れます!はは。
「ここです!ああ!あった!あった。
「キミ!いつもの席ね。

「こちらのテーブルを用意しております。

「影田さん!ござ!ござ!

「ああ!はい!
「キミ!ござの席に案内して。

「ございません。

「へ!?

「当店はテーブル席だけでございます。
「イタリアから取り寄せた
「自慢のテーブルでございます。

「い!いつから。

「輸入したのは 55 年前でございます。

「影田さん!あぐらも疲れるから
「テーブルでもいいじゃないですか。
「すぐ!冷酒を飲もうではないですか。

「ワインリストでございます。

「キミ!冷酒!日本酒だよ。
「伏見か!洛中かの。

「日本酒はひとつだけ
「“ガッチョの涙” がございます。

「それ!伏見かね。

「大阪は泉州の南の端っこの
「魚港の奥の酒蔵でございます。
「ガッチョ(魚)の臭いがする酒です。

「うぇっ!なんという酒や!ま!いいか。
「それを氷水に浸けてすぐ持ってきて。

「今日のスープ代わりの
「パスタでございます。

「影田さん!鮎!あゆ!

「キミ!鮎の塩焼きを!今すぐに!だ。

「そういうものはございません。
「当店!”羅馬(ローマ)の休日” は
「イタリアンでございます。

「い!いつから?!

「1970 年からでございます。

「あんた!いいかげんにしてくれ!


9)


「かげた~!かげた!いるかぁ!

「いるよ!岡村!なんや。

「おまえ!ふざけた呼び方をするな。

「なんだよ。
「同期の友だちじゃないか。

「同期やけど友だちやない!
「オレは曲がりなりにも常務だ。
「おまえはヒラに波平の係長や。

波平とはサザエさんの父親。
頭頂部に毛が1 本。
ヒラに波平とは
平社員に毛が 1 本程度のこと。

「ふたりのときや同期会のときには
「岡村でも岡やんでもいいが
「社内の仕事中には節度を持て!

「なんだよ!イバって。

「ドンデン商事さん!
「カンカンじゃないか!

「ほっとけばいいよ。
「学歴も教養もないおっさんが
「勝手に騒いでいるだけや。

「すぐ!営業部長とあやまりに行け。
「そのまま!玄関先で土下座していろ。
「夕方!社長がロンドンから帰られたら
「社長とオレがかけつけるから。

「江戸時代でもあるまいし。
「そんな茶番劇!猿でもやらないぜ。

「もういい!行かなくてもいい。
「大月課長!転属させるけど!いいか。

「ううっ。

「大月クン!そんなに悲しいのか。

「うれし涙です!この日を!
「一日千秋の思いで待っていました。

「今すぐ!業務引き継ぎをしろ。

「引き継ぐもの!なにもありません。
「なにもしていないのですから。

「おまえの自慢の大利根川上流大学は
「入学志願者がゼロになって
「つぶれて 15 年経ったそうやないか。

「ほっとけよ!ひとのことは。

「廃墟とジャングルになったキャンパスで
「野生の日本猿やらチョウセンイタチやらの
「餌づけが行なわれて
「名所になっているそうやないか。

「そこにテントを建てて
「猿を相手に空気人形を売っておれ。
「1,000 体売るまで帰ってくるな!すぐ行け。

「バカじゃないの!冗談いうなよ。

「本気だ!

「そんな人権無視!
「なぁ!みんな!いっしょに
「ふざけんなと抗議してくれ。

「知りません。

「仲間じゃないか。

「仲間じゃないです。
「記憶にないです。
「名前も知りません。
「顔を見たこともありません。

「なんだよ!よってたかって!
「怒った!
「さすがのオレも怒ったぞ!

「おこれ!怒れ!

「よし!覚悟を決めた。
「こんな仕打ちをしやがって。
「思いしらせずにおくものか!
「後でほえづらかくなよ!
「もう!止めてもムダやからな。

「さっさと出て行け。
「役所にでもケーサツにでも動物園にでも
「どこにでも訴えに行け。

(ケーサツに訴えて!笑われろ!

「ウチより大きな会社に行って
「部長か専務かにしてもらえ。

「よし!決めたぞ!

(いいぞ~!
(やめろ~!
(やめろ~!
(出て行~け!
(は~げ!
(死~ね!

「死ぬまでこの会社に勤めてやる。

(がくっ。



(これはフィクションです)
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