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星になったあん せんぶり地蔵外伝 [はなしのはなし 食えぬ梨]

「これ!吉之助。
「今年の花見は無理かの?

『昨秋の台風で桜は甚大な被害を受けました。
『大手門の脇の 1 本だけは咲きそうですが。

「笹原村にアンズの花が咲くそうじゃの。

『よくご存じで。

「医師(くすし)の玄庵が
「あのあたりにイワナ釣りに行くそうじゃ。
「今年は笹原村にアンズの花を見に行くか。

『笹原には下(しも)地区に 70 軒。
『上(かみ)に 20 軒ございます。
『アンズは里山に!庭先に!あぜ道に!
『ぽつぽつ咲いております。
『まとまって咲いてはおりませぬが。

「よいよい。
「おさらやおなべも連れて行ってやるかな。
「さぞ!喜ぶことであろう。
「さっそく段取りをいたせ。うわはは。

「あ!くれぐれも内密にな。
「奥に知れたらなにをいわれるか分からぬ。
「養子はつらいのぉ。

「わが生家は 1 万石とはいえ
「実収 7 千石あまり。
「その貧乏家の 9 男だからのぉ。
「この家は 5 万石。
「奥はそこの跡取り娘。
「しかも!よっつも年上のひねた女!
「余は辛抱するしかないのじゃ。



「奥方さまのおなりです。

『殿!

「あ!あ!こなくてもこちらから行くのに。

『いつお越しになるんです!
『せいぜい年に 1 度。
『わたくしは織り姫星ですか。

「そんな可愛いものでは、、、。

『いつもなにをしておられるのです。

「毎晩お勉強に忙しいのじゃ。
「四書五経なんぞをな。
「けんげんこうり(乾元亨利)とな。

『そんな読み方はないでしょう。
『それもいうのなら
『けんはおおいにとおる
「てい(貞)によろし!
『貞はどこへ行ったんです!?

「あ!そうなの?

『おなべやおさらのところへばかりに
『お越しでは!?
『この!あんけらそ!

「そんな!上方落語調にいわなくても。



『殿!お花見をするそうですね。

「な!なんのこと?!
「あ!ああ!お花見というより領内視察じゃ。
「領民と親しくありたいものじゃ。
「しかし!よく知っておるのぉ。

『玄庵に聞きました。

「ありゃ!玄庵に口止めを忘れておった。

『なにをもごもごいってらっしゃいます。
『大人数での視察ですか。

「いや!吉之助と徒歩(かち)のもの数人。
「女子(おなご)など連れて行かないよ。

『おなご~!?

「いや!だれも連れて行かん!です!はい。

『では!せっかくの機会。
『わたくしもまいりましょう。

「え!ええ~?!あの!その。

『わたくし!この城に生を受けて 34 年。
『領民の日ごろの勤勉さに
『感謝のことばのひとつもかけたいもの。

「よい心がけじゃの。ああ。



「吉之助!どうなっておるんじゃ。
「なんだか機先をそがれたの。

『御意。

「余たちは 10 人そこそこ。
「奥のほうは 30 人も行くのかのぉ。

『奥方さまと乳母(おんば)のお竹さまには
『かごを用意せよといわれました。

「おさらとおなべには悪いことしたの。
「ま!村に行けば元気な娘がおるじゃろうて。
「楽しみじゃ。



『お代官さま。
『お殿さまがおいでになっても
『さしあげるものがごぜ~ません。

『ときどき!年貢さえ免除いただいている
『貧しきところ。

『名物は米と麦とで作った田植え団子と
『アケビの葉の茶くらいしかごぜ~ません。

「ああ!それでよい。
「元気のいい村娘が接待したらよい。
「殿のご希望じゃ。



「庄屋さま~!大変です。
「選抜していた娘!
「風邪でバタバタ倒れています。

『しかたがない!
『ファニーフェイスの娘や
『若い嫁もあてよう。
『10 人!いや 12、3 人は必要じゃろ。

「きこりの峰吉の娘のあんはどうかの。

『おとうさん!上笹のさらに奥の
『猿しか住んでいないところの娘ですぞ。

「きのこ狩りに行った折り
「よく出会うのじゃが
「実に気立てのいい娘じゃ。

『美人ですか。

「まん丸い!日に焼けた顔じゃ。

『女はうりざね顔で白い顔でなくては。

「しかし!ひと目見るだけでほっとする。
「いつもやさしい笑みを浮かべておる。

『お殿さまも村娘を所望なら!そうしますか。

「うん!おらが声をかけてこよう。



『ご隠居!それはちと荷が重うございます。
『あんは根っからのきこりの娘です。
『しつけもなにも身に着けておりません。

『雲を見て花に語りかけて
『ひとり遊びが好きなこです。
『大勢の中での仕事は少し無理があるかと。

「いや!あのやさしい顔がいいのじゃ。
「お殿さまの心もゆるむに違いなかろ。

『着るものも!はくものもありません。

「うちの孫娘の着ものを
「みっつよっつ届けさせるから。

『汚してしまいます。

「それはよい!返さなくてもよい。
「あのこらは甘やかされて育って
「袖も通さない着ものが
「やなぎこうりにいっぱいある。

『あん!ご隠居のお顔を立てて
『大変じゃろうがつとめてくれぬか。



「もしかして!お殿さまの目にとまるかも。

『まぁ!おね~さま!どうしましょう。

「お城にこいなんていわれたら!きゃ~!

『それで跡取りを産んだら!お局さまよね。

「でも!あのきこりの娘はなんなのよ。

『よくまぁ!山から降りてきたものね。

「これ!あんまり前に出ないように。
「井戸端あたりがあんたにお似合いだからね。



「吉之助どの。
「笹原村ではごやっかいかけましたな。

『これはお竹さま。
『面白うございました。

「ところで村娘の中に
「まん丸い顔の娘がいましたな。

『実によく動くこでしたか。

「そうそう!よく動くのにひかえめで
「なんともいえぬ安堵できる笑みのあるこ。
「ご足労じゃが
「あの娘を呼んできてはくださらぬか。

『いかがなさいます?

「ここにいる女どもは毎日だらだら。
「着飾ることと
「オトコのうわさだけで暮らしております。
「実にだらしがない。
「あんなすなおな娘と
「過ごしてみたくなりました。



『お城づとめなんて
『ホントに無理でございます。

「乳母(おんば)さまが
「かばってくださるそうじゃ。

「あ!支度金として 10 両あずかってきたぞ。

『そんなに。

「よいよい!もらっておけばよい。
「それにこの家も
「働き手が減って困るじゃろうて
「さらに 30 両つかわされたぞ。

『そんな大金!いただけませぬ。

「よいのじゃ。
「みんなあのこの手柄じゃ!
「もらっておきなさい。



「あん!少しは慣れたかの。

『一向になれませぬ。
『みなさまに叱られてばかりおります。

「捨てておきなさい。
「あの連中は口先だけで暮らしておる。

「しかし!おまえは可愛いのぉ。
「どんなに疲れたときにも
「ほほえんでいるように見える。

「ところで!
「あんという名がいいじゃないかえ。

『アンズのあんだそうにございます。

「アンズの花かえ。

『色の黒い!まん丸顔で生まれてきたので
『アンズの実のようだと
『父があんずとつけたそうにございます。
『それがいつのまにか
『あんになってしまいました。



「玄庵どの。お脈とり!ご苦労さまです。

『これはお竹さま。

「急いで帰らねばならぬかのぉ。

『いや!お城におうかがいする日には
『他になにも予定をしておりませぬ。

「頼みを聞いてくださらぬか。

『なんなりと。

「山出しの娘がおるのじゃが。

『存じております。
『おそらく!お竹さまより先に。

「なんとな。

『イワナ釣りに行ったとき
『ときどき出会いました。
『なんともはや!高い峰に咲く!
『名もない小さな 1 輪の花のような
『笑みのある娘でござりますな。

「そうそう。
「その娘に 1 回に半ときほどでいいから
「なにか教えてやってはくださらぬか。

『それはいとたやすきこと。

「なんでもいいから。



『お竹さま!
『あのこはとんでもない娘にございます。

「もの覚えが悪いかえ。

『逆でございます。
『先月!いろはの仮名文字やら
『方角の書き方を教えたばかりなのに
『もう!徒然草やら
『百人一首が読めております。

『来月には四書五経や
『唐詩選を教えてみようかと。
『教えるほうが楽しくなります。



『お竹!まん丸顔の娘がいるそうじゃの。

「あ!お姫さま。

『そのお姫さまはやめよ。
『もうわたくしは三十路(みそじ)じゃ。

「竹には一生!お姫さまにございます。

『おお!このこですね。
『玄庵のいっておった、、、。

「アンズのお花見のとき
「あちらに走り!
「こちらに走っていた娘
「あんにございます。

『そうであったな。
『こき使われておったな!可哀そうに。

「きこりの娘ですが
「手元においてみると!聡明な娘でした。

『玄庵は和歌も詠めるといっておったが。

『あん!
『おまえのふるさとはどんなところじゃ。

「花が咲いて鳥が鳴く山の中にございます。

『その里を一首!歌ってくりゃれ。

「あしひきの 山また山の ふるさとは
「父母(ちちはは)に笑(え)む 春の花咲く

『おお!すなおでいい歌じゃ。

『お竹!あんをしばらく借りますぞ。
『わたくしは和歌を詠むのが好きじゃが
『だれも詩心がなく!相手にならぬ。
『よきはなし相手になりそうじゃ。



「竹!たけ!

『これはお殿さま!わざわざ。

「大きな声を出さなくともよい。
「笹原の丸顔の娘がおるそうじゃの。

『はい。

「会わせとくれ。

『いかがなさいます。

「いや!なに!その!あの!
「余はあんな素朴な娘と
「語りあうのが!語りあうだけじゃぞ!
「好っきゃねん。

『お殿さま!大阪弁になっておられますぞ。

『今!お姫さまのおそばにいます。
『お殿さまがお呼びと
『お姫さまにいってまいりましょう。

「いや!いや!いや!それにはおよばんぞ。



『また!春がくるのぉ。
『アンズの花が咲くのぉ。

「奥方さま!お暇をいただきとうございます。

『女子(おなごし)どもにいじめられたのかの。
『みんな!順位をつけることだけで
『きゅうきゅうと生きておるからの。
『家柄や!年齢や!つとめの長さやらで。

「いえ!そうではございませぬ。
「祖母が!母の母でございますが
「大沢にひとり住んでおります。

『大沢?!先年!山崩れで
『なくなった村ではないかえ。

「家が 2、3 軒!なんとか残っております。
「もっとも!今!住んでいるのは
「祖母だけにございますが。

「頑として!離村をききませぬ。
「その祖母の足腰が弱くなって
「難儀しておるようでございます。
「祖母の元に行かせてくださいませ。

『おお!おお!
『なんという心根のやさしい孫娘よのぉ。

『行ってやりなさい。
『ただし!ときどき!歌を詠みあおうな。
『使いをやったら!すぐくるのじゃぞ。

『なにか必要なものがあれば
『すぐ届けてやるから!いうのじゃぞ。
『すぐ殿さまに命じるから。



「夏がきて!
「おばあちゃんは死んでしまった。
「お城か笹原かに帰ってもいいけど。
「しばらく!
「おばあちゃんをとむらっていよう。

「おばあちゃんのおかげで
「やっと!ひとりになれた。



『どなたかおいでかぁ!?

「はい!どちらさまで。

『杉坂村のもんじゃが。

「あれまぁ!山の向こうの!?

『みなでもみじ狩り!
『きのこ狩りをしてたんじゃが
『おらと庄屋さまのお嬢さまとが
『迷子になってしもうたんじゃ。
『おらは庄屋の番頭ですじゃ。

『それで!どんどんくだってきたんじゃが。

『お嬢さま!胸が苦しくて
『1 町向こうで倒れてしまっての。

「すぐこちらへ。



『ありがとうございました。
『もう大丈夫です。

「まだ!寝ていてください。
「番頭さんが村に
「応援を呼びに行かれましたから。

「おなかも痛いのじゃありませんか。
「せんぶりを飲みますか。
「苦いですけど。
「たいていの腹痛は治りますよ。

『それはなんですか?

「祖母がお地蔵さまだといっていたんです。
「でこぼこした小さな石ころとしか
「私には見えないのですが。

「その祖母が死んだので
「供養だと思って
「毎日!手を合わせています。



『ちょっくら!ごめんなさい。
『おらたちは杉坂村の男衆にございます。

「それは!それは。

『庄屋のお嬢さまがお世話になりました。

『お礼といってはなんですが
『お助けくださった
『せんぶり地蔵さまのお社(やしろ)を
『建てにまいりました。

「せんぶり地蔵!?
「いつからそんな名前に?!

「お礼にさしあげるものがありませんので
「私が摘んで干していた
「せんぶりを 1 本ずつもらってください。



「吉之助!大沢のほうに
「隣の藩のものたちが
「行列しておるそうじゃが。
「見てまいれ。

『あんでございます。

「なに!あのあんかえ。

『あんの拝んでいるせんぶり地蔵が
『たいそうご利益があるといって
『隣の藩のものも!わが藩のものも
『こぞって参詣しております。

『賽銭をあげると
『せんぶりを 1 本もらえるとか。
『それが!またよく効くそうで。
『千回すすいでも
『効能は消えぬそうでございます。



『殿!

「なんですか!奥や。

『せんぶり地蔵さまのお社は
『隣の藩のものたちが寄進したそうですね。
『なにをしておるのです。
『わが藩として恥ずかしいじゃないですか。

『すぐ!大きな本殿を建立してください。

「あの!緊急財政で!その、、、。

『吉之助!殿の酒代を 7 分かた削りなされ。

『街道からまっすぐ参道を造ればいいのでは。
『1 里ほどで社にのぼれるじゃないですか。

「その!予算が、、、。

『吉之助!殿の酒の肴をなくしなさい。

「それはあんまりな。

『肴がいるのなら!ご自分でご調達なされ。

「はい!小川でフナを捕まえてきます。
「フナの甘露煮はうまいからのぉ。

「フナを竹串に刺しての。
「強火の遠火で焼いてから
「天日でよく干せば保存がきく。
「それを酒につけて少し柔らかくして
「崩さないように串を抜いてから
「その酒でゆっくり煮るのじゃ。
「その後に砂糖と醤油をふくませようぞ。

「ええい!
「そんな算段をしている場合じゃない!
「吉之助!参道に
「アンズの木を 1,000 本も植えようぞ!

「吉之助!網を持て!
「今日から田んぼでどじょうすくいじゃ。

『網よりザルのほうがよろしいかと。



「大きな本殿が建ち
「大勢の巫女(みこ)やら
「神職やらが派遣されてきた。

「参道の石段が整備され
「1 町おきにお迎え地蔵が立てられ
「5 町おきに休憩所もできた。

「田植え団子を売るものがあらわれた。
「茶店の貸し出す提灯で
「夜まいりに
「蛍火のような行列がつづいている。

「私はひとりで住んでいたかったのに。

「みなさん!ご面倒をかけます。
「私!修業が足りませんので
「山ごもりしたく思います。
「後のことはよろしくお願いいたします。

「あ!せんぶりは
「谷向こうの丘に採りに行ってください。

『あんさまはどちらへ。

「父の知り合いから
「古い炭焼き小屋を借りました。



「ああ!やっぱり私は
「ひとりで遊ぶのが性に合っている。

「お城でいただいた古今集や
「枕草子を読んだり
「奥方さまにお見せする
「短歌でも作りましょう。



『あんさま!あんさま。

「どなたでしょう。

『イナゴです。
『900 匹!連れだってまいりました。

「どうしたのですか。

『山のしるた(湿田)の稲の葉を
『食い荒らしてしまいました。
『私たちは悪いことをしました。
『どうしたらいいのでしょう。

「心配しなくてもいいのです。
「それでいいのです。
「葉っぱが繁り過ぎると稲が病気になります。
「あなたは風通しにいいことをしました。



『あんさま!あんさま。
『シジュウカラです。

『私たち夫婦は
『シャクトリムシさんを
『1,000 匹も捕まえて
『こどもたちに食べさせてしまいました。
『どんなつぐないをしたらいのでしょうか。

「あのままでは
「山中がシャクトリムシさんだらけになって
「シャクトリムシさんの
「食べものがなくなり
「みんな死ななければなりません。

「可哀そうですが
「みんなのためだったのです。
「死んだシャクトリムシさんは
「あなた方やら!
「他のシャクトリムシさんの中で
「ずっと生きています。

「残されたものが
「精いっぱい生きることが正義です。



『あんさま!オオカミです。
『ウサギさんを殺して
『一家で食べてしまいました。

「大丈夫!
「ウサギさんはあなた方の中で
「幸せに生きています。

「ウサギさんの分まで
「長生きしてくださいね。



「ああ!ひとりになりたい。
「ひとりになりたいと思えば思うほど
「だれかがやってくる。

「そうか!
「逃げようとするからいけないのかな。
「逃げなかったらどうなるの?!
「こちらから追いかけたら
「向こうが逃げてくれるのかな。
「追いかけて!
「受けとめられても困るけど。

「星になったおばあちゃん。
「私もそちらに行きたい。



7 月 7 日(旧暦)ですね。
夏の大三角がよく見える季節です。

ベガ(織り姫星)とアルタイル(彦星)と
デネブのみっつの星。
あんは今じゃデネブと呼ばれている星です。

でも!
デネブはふたつの星に近づきません。
いつも離れて光っています。

織り姫星と彦星が呼んでいるのでしょうか。
あんが追いかけているのでしょうか。
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