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ナマズのかば焼き [はなしのはなし 食えぬ梨]

ぼくは水際を歩いていた。

川幅は 250m はゆうにあるけど
たいていいつも!
流れは左岸の堤に沿って
幅 20m ばかりしかない。

ソフトボールからドッジボールくらいの
丸っこい石が河原いっぱいにある。
それは太陽の光に白く反射してまぶしく
無数のしゃれこうべのように思えた。

河原のそこかしこに
テニスコートほどの穴が開いていて
水が溜まっている。

砂と小石だらけの穴。
落ちたら蟻地獄のようにあがれず
溺死しそうに思えた。

父の姉の夫!
つまりぼくの義理の伯父が空けた穴だ。
河川敷の石や砂をさらって売っているのだ。

もちろん!泥棒だ。

が!役人などが巡回でもすれば
市会議員や代議士の秘書が飛んできて
慇懃(いんぎん)に!あるいは
恫喝(どうかつ)とも思える口調で
どこかへ連れて行っている。

「いつもありがとよ。

同級生の岡田が礼をいったりしてくれる。

岡田の母親は戦争未亡人。
いつも厚い白塗りの顔をしている。
小太りの体と会話は!失礼ながら!
発情した獣(けもの)のにおいがする。
小料理屋だというが
不似合いなほどの数の
白塗り顔の女を抱えている。

その岡田の店は夜間の営業だが
特別に開けさせた 2 階の座敷で
伯父の代理(?)のものたちは昼間から
小役人と打ち合わせ(!)をするらしい。

たぶん金子(きんす)の入っている封筒を
河原で渡してすませているときもある。
伯父は抜け目なく手を打っているようだ。

そうだ!戦争は終わったのだ。
突然!平和らしくなった。
急に建設資材の石や砂の需要が増した。
地味な職工だった伯父は
しばりが解けて発奮した。
そして!ブームに乗った。
毎月!倍々ゲームのように
資産が増えているようだ。

ぼくの両親は行方不明のまま。
大阪に商売に行っているとき
おそらく空襲に遭遇し死んだのだろう。

それから 3 年ずっと
伯母の家でやっかいになっている。

この春!中学 5 年だったぼくは
学制が変わり!いきなり
新制高校の 3 年ということになった。

伯母には女の子ばかり 4 人いる。
そろって学業成績は悪い。
それでかどうか
ぼくを実の子のように可愛がってくれていて
新制大学でもパリでもニューヨークでも
どこへでも行かせてやるといっている。

感謝はするけど!
伯母夫婦とは基本的な考えが合わない。

かれらはカネのあるものとか
地位や身分のあるものが
(もっとも彼らの考える身分だが)
大いに威張り散らし
ないものは委縮して暮らすのが
すばらしい秩序だと信じている。

伯父はいじけて修業した
戦前の職工の精神のままで生きている。
そして今は
「無理しても威張らなければならない。
「自分はカネ持ちだから!
と奮闘(?)している。

なにかこうばしい匂いがする。
河川敷の中の柳の木が 2 本あるあたり。

40 過ぎの男がなにかを焼いている。

「めしが炊けたぜ。

鍋を持った初老の男が出てきた。

「学生さん!昼は食ったのかい?

火の前の男が
ぼくを見つけて声をかけてくれた。

「いや!まだです。

「じゃ!いっしょにどうだ。
「今日は白いめしだぜ。
「ナマズも焼けたぜ。

「ナマズ!ですか?

「そうだ!今!砂利取り後の
「溜まりに湧いているんだ。

「ここしばらく農作業やら
「建て前(建築の棟上げ)やらの
「仕事があったから米が買えたんだ。

と!男がいえば

「ふんどしと肌着もな。

と!初老もうれしそうにいった。

「それで醤油も砂糖も買ってきた。
「ナマズのかば焼きはうまいぞ。
「醤油のないときには
「開いて塩をして
「石の上に並べて干ものにするのだが
「やっぱり!かば焼きにかぎるわい。

「お~い!トメ!洗濯はいいからこいよ!

水際から若い男が
怖い顔をして黙って近づいてきた。

「息子さんですか?

「いいや!まったく知らないもの同士だ。
「本名も知らないぞ。
「このおっさんとわしとトメと
「二十!二十! 年が離れているふしぎな縁だ。
「ふしぎでもなんでもないか!偶然だな。

「おっさんとわしが働きに出て行って
「トメが洗濯やらをしている。
「トメは戦争のせいで特別人嫌いなっている。

柳のそばに妻側が三角形の
ちょっと大きなテントほどの小屋があった。
ススキで器用に屋根をふいている。

片方の前足が半分ない猫が寝ている。

「あいつは一番にナマズを食って
「満足しているのさ。

ススキの茎で作った箸で
男たちはめしをかき込んでいる。

ここには高級そうな抹茶茶碗ばかりある。
皿や湯呑みや丼はない。
戦災や戦後のどさくさの中
どこかで拾ってきたものだろう。
抹茶茶碗と細く長いススキの箸。
なんとなくおかしい。

ぼくも食べた。
ナマズはそんなに大きくはないけど
ひとりに 4、5 尾以上あった。
うまい!と感じた。
いつもいとこの姉妹たちがはしゃぐ中で
下を向いてする食事より爽快感があった。

若い男がお茶をいれてくれた。

「どうだ!?
「飲んだことあるかね?

「なんですか?

「まずいかい?

「いいえ!でも分からない味ですね。

「熊笹をあぶって煮出したのさ。
「体にいいぞ。
「もっとも
「戦争の前に聞いたはなしだけどな。
「戦争が終わったから
「体に悪いと評価が変わっているかもな。
「なにもかも変わったからな。

思わず!みんなで笑った。

「また!きなよ。

「はい!ありがとうございます。

「いつも白いめしがあるともかぎらんがね。
「ナマズはしばらくあるぞ。

数日して台風がきた。

ぼくは風が弱くなり
雨があがった堤を走って行った。

遠くまで石ころしかなかった河原が一変し
濁流が堤を越えそうにふくれている。
あの家族はどうしたのだろう。

「これで河原のでこぼこがならされて
「砂利取りがしやすくなるな。

伯父もやってきていた。

「なにかとじゃまになる
「汚らしい乞食どもも消えて!大笑いだ。
「台風もいいもんだ。
「な?

ぼくは答えず!立ち尽くしていた。

あ!?
前足の悪い猫がいた。

「おいで!

しゃがんで両手を出すと
猫はあわてて器用に走って
土手の濡れた草むらに消えた。
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