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お好み焼きは下品 うまいのではなくうまい [食い意地]

「股が痛い。

おばさんがメールしてきました。

あ!おばさんといえば怒られますか。
まだ産めそうな年令ですから
おね~さんといいましょうか。
もっとも!
産ませられる勇気のあるものが
いるものかどうか。

『股からウミが出ているんですか?

「それは M 女史でしょ!

『M ちゃん!怒りますよ。
『かの女の患部は股の中心ではありません。

「よく知ってるね。

『見ました。

「ふ~ん?!

『誤解のなきように!否応なく見せられたの!

「股関節から膝関節が痛い。

強気で陽気なおね~さんが
珍しく泣きごとを並べます。
頼れるオトコもいなくなったのかな。
可哀そうに。
でも!おらにいわれてもねぇ!知らねぇ。

「お好み焼き!食べたい。
「オムそば!食べたい。

『粉を焼いたらすぐできるでしょ。
『近くにそんな店舗があるでしょ。
『コンビニかスーパーにあるでしょ。
『出前もできるでしょ。

「みんなメンドくさい。



『買ってきたよ。
『ドアの前に置いておくよ。

「なんでやのん!?

『感染防止のため。

「感染するビョーキじゃない!

『でも!入れば!いたずらされるから。

「するかぁ!

『念には念を入れて。

「これ?!
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『そ!お好み焼きの“豚玉”とオムそば。

「ぼてぢゅう(お好み焼き店) のじゃない!?

『そりゃ!なかんべよ!
『スーパー玉出で買(こ)うたのでやんす。
『ふたつで 330 円もしただよ。税込みで。

「やす~!

『ぼてぢゅうのものなら!
『この 6 倍も 7 倍もするよ。
ぼてぢゅうに
オムそばはあるかどうか知りませんが。

「これ!安過ぎやしない!?

『安くて!
『下品なものがお好み焼きじゃないの?!
『その意味でいえば!ぼてぢゅうのものは
『お好み焼きの範ちゅうに入らないのでは!?



他国のものには
大阪の食に関することばは
幼児ことばに聞こえます。

「しゃぶしゃぶ」とか「はりはり」とか
「とれとれ」とか。
もしかして!ことばの進化でしょうか。

名代のあの店は
“ボテッ” と落として
“ジューッ” と焼くところから
“ぼてぢゅう” の屋号になったそうな。
おとな向きの命名ではないような。

動物学でいうネオテニー(幼形成熟)!?
ことばのネオテニー!まさかね。

そんな土地で “お好み焼き” とは
エラくりっぱな命名ですね。
だれが名づけたのやら。

昭和 31 年(1956)発行の
大久保恒次著/うまいもん巡礼/に
「戦後はやりだしたお好み焼き」とあります。

戦前はどうだったのやら。

昭和 43 年(1968)発行の
佐藤哲也著/カラーブックス 大阪の味/に
ぼてぢゅうの
宗右衛門町の店が紹介されていました。

そこの鈴木主任が
「戦前は洋食焼きといった」といいます。
そごう神戸店ができたとき
その名店街にあった店が
“お好み焼き” と名乗った
嚆矢(こうし)ではないかと推察しています。

ただ!そごう神戸店は
昭和 8 年(1933)の新築開店ですよ。
戦前ですが。
もう戦前から
“お好み焼き” といっていた!?
弁護すれば!それは少数派だったのかも。

確かめたくても!そごう神戸店は
すでに歴史から消えています。



田辺聖子著/お好み焼き無情/に
下品合戦(?)が書かれています。

夫は毎日でも!さらに昼と夜とでも
お好み焼きが食べたいとか。

妻の母親と妻は
お好み焼きは下品な食べものだと
決めつけて!非難しています。

かの女たちは
ごはんにみそ汁をぶっかけて
かき回して食べています。
それは下品ではないと思っているのですね。

どっちもどっちです。
血を見るまで戦いなさい。
田辺聖子は上品(!)ですから
殺し合いにも離婚にも
不倫にも持って行きませんね。

この小説にはお好み焼きのこだわりが
くどくど書かれていますが
この夫は
ぼてぢゅうが考案したという
マヨネーズのトッピングが
邪道だと思っています。

あ!そうだ!また脱線しますが
ヒラメちゃんがいましたね。
はるき悦巳作/じゃりン子チエ/に出てくる
ヒラメちゃんは食通のようですが
マヨネーズが嫌いです。

お好み焼きは
ウスターソースだけで食べるらしい。

小説のお好み焼き無情には
昔は “一銭洋食” といって
屋台で売られていたとあります。

ぼてぢゅうの創業は戦後のことですから
一銭洋食になじんでいた人には
マヨネーズは珍しい味かも知れませんね。



“大阪の味” にある
ぼてぢゅうの “豚玉” は 350 円!
昭和 43 年当時に 350 円!?
たか~!
今日買ってきたものの倍以上。
半世紀前に
もう下品な食べものじゃないじゃないですか!

もっとも!スーパー玉出のものとは
どこかが違うのでしょうけど。

こだわりがあるのでしょうね。
それがうまいという人には
うまいのでしょうね。

作る人にこだわりがあって
食べる人に
こだわりがあればめでたいかも。
ただ!作る人のこだわりと
食べる人のこだわりが一致しなければ
うまくもなんともないでしょう。

内田百閒は無職になったとき
昼めしは近所のそば屋の盛りそばを
ひとつ半だけ食べることにしたとか。
それが楽しみになっています。

「うまいからうまいのではなく
「うまいまづいは別として
「うまいのである
と!著書/御馳走帖/に書いています。

浮世離れした禅堂の会話のようですが
分からないでもないですね。
自分がうまいと感じるものがうまいのかも。



ということで
価格やら
他人の舌や宣伝にまどわされてどうします。

スーパー玉出のお好み焼き!食べなさい。
今!世界で一番うまいはず。

勝負下着をぎゅうぎゅうに着けて
オトコに払わさせて
この後のあえぎまくりの
めくるめく展開を考えて食べるときには
高いぼてぢゅうのお好み焼きが
うまいでしょうけど。



(敬称略)
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