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堀江遊廓 幻の此花踊 馬刺しでランチ [わが街・大阪ブギウギ]

大阪ミナミの心斎橋駅となんば駅の間!
通称・アメリカ村から西を向けば
阪神高速道の高架が見えます。
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阪神高速道はいにしえの
西横堀川の上に架設されています。
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西横堀川は昭和 37 年(1962 年)に
埋め立てられて!
駐車場なんかになっていますが。

西横堀川から西に木津川まで
堀江川があったのですが。
この堀のほうが先(1960 年)に
消滅したようです。
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しばらく西に進むと堀江公園があります。
「堀江川跡碑」がぽつんとありました。
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俯瞰(ふかん)した絵がありました。
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いつのころの絵なのか
川(堀)が 4 本見えます。

横に!つまり東西に流れている川は
上から!つまり北から
長堀川!堀江川!道頓堀川。
右に上下!
つまり南北にある川が西横堀川。

今残っている川は道頓堀川だけ。



季語に「此花踊」があることを
ほんのこの前しりました。

此花踊!
「このはなおどり」と読むとか。
「木花踊」とか
「古花踊」とかの表記もあるのかも。
漢字は借字でもあるので。

ただ!この季語!
のっている歳時記は少ない。
ほぼ!ありません。
私の手元では虚子編「新歳時記」のみ。

大阪堀江遊廓で
毎年 3 月 1 日から催される踊りだとか。
季語になるほどの
大きなイベントだったようです。

堀江遊廓には芸舞妓が
500 人いたとよくいわれています。

関西の花街は
甲部と乙部に分かれていたのでは。

甲部は主に芸を売り
乙部は主に体を売ることに
特化していたと
講義を受けたことがありましたが。

甲部と乙部の
中間の女性もいたと思うのですが
落第生の私は覚えていません。
まさか!ときが流れて
このブログで考察するとは
夢にだに思ってもいませんでしたから。
再度!勉強する気力もないです。

堀江遊廓はどんな構成だったのでしょう。



堀江遊廓はこの堀江川の通りより
ひとつ北の通りから
長堀川までの間にあったのでは。

北の通りに行き!西に進みます。

遊廓!?
なんの痕跡も見つけられません。

阿弥陀池(あみだいけ)公園です。
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公園の北に隣接して
堀江小学校があります。

この校庭で
毎年!堀江盆踊りが開催されています
拙ブログ 2022/08/18

これは堀江遊廓の行事が
継承されていると思うのですが
季語にもなっていた
「此花踊」はどこに行ったのでしょう。

芸舞妓総動員で!なん日もつづいた
盆踊りよりはるかに大きなイベントが夢幻。

もしかして!探さないほうがいいのかも。

和光寺の阿弥陀池で立ち尽くします。
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堀江川!堀江遊廓を
初めから終わりまで見ていた池です。



忙しい身(ウソついてすみません)でも
ランチして帰りますか。

居酒屋らしい「安兵衛」に
まじめな労働者(たぶん!)が流れています。
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ランチは 650 円から 1,000 円!
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これはメニューの一部ですが
いいじゃないですか。

馬さし定食!?
「馬刺し」ですか!いただきましょう。
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ヘルシーです!
「此花踊」には出会わなかったのですが
なんだか満足感。単純。

税込み 950 円でした。
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