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まらなしほういち 人形峠の怪 その1 [はなしのはなし 食えぬ梨]

(1)

渓流のそばで翔飛(しょうと)は
インスタントラーメンを作って食べていた。

休日にはいつも渓流釣りをしている。
少々の荒天でも苦にしないが
今日はどこまでも青い空がある。

小学校の教師になって 15 年。
職場にはモンスターだらけ。

保身だけの校長。
世間の常識からあまりにも
乖離(かいり)している若い教師たち。
ふてくされて生意気なガキたち。
ささいなことで
どなり込んできて帰らない保護者たち。
みにくい妖怪だらけだ。

休日には山中に逃避することにしている。

こぼれた麺にサワガニが寄ってきている。
いつもつかまえて帰り
幼なじみの魁飛(かいと)に届ける。
かれはサワガニのから揚げが好きなのだ。

翔飛と魁飛は高校までいっしょに通った。
ともに名前に「飛」がついていて
それも「と」と読むので親近感があり
幼稚園ですぐ仲よくなって
今日まで交遊がつづいている。

「そうだ!歌わなければ。

「は~なもあらしも ふ~みこ~え~て

翔飛(しょうと)は
だれもいない山中でしか歌わない。
音感がゼロで恥ずかしいからだ。

ツキノワグマと鉢合わせすることがある。
歌っていたら
先方から静かに遠ざかるはずだ。

しかし!古い歌ばかり。
祖父母がいつも歌っていた
戦前の歌ばかり聞いて育っているので
つい!それが口に出る。



『歌!お好きなんですね。

谷から一段高い小径から声がした。
白衣の女性が立っている。

「いや!そうでもないのですが。
「クマよけにと思い。

『いっしょに歌っていただけませんか。
『女性ばかりで!ヘタなんですが。

「あ!いや!その。

あまりにも突然だったので
頭の中が混乱してしまった。

磁石に引き寄せられるように
小径にあがれば
甘いオンナの匂いがした。
若い。
化粧気のない顔なのにみずみずしい。

『ではご案内いたします。

女性はこちらの返答を待つこともなく
歩き出した。

妻と別居して 10 年以上になる。

妻も教師。
最初!
こんなにいいパートナーはいないと思った。
出会ってすぐ!肉体関係を結んだ。
連日!寝食を忘れて
獣のようにむさぼりあった。
そして!結婚したら
こんなに気の合わない人間はいないと思った。

早いはなし!
セックスの相性がよかっただけだった。
相性もなにも!好きもの同士だったのかも。

2 か月で妻は出て行ったが
世間体が悪いので離婚届は待ってくれという。
待ってくれ!ばかりで 10 年過ぎてしまった。

それから女性はつまみ食いに専念し
夢中になる人にも遭遇しなかったのだが
前を行く白衣の女性に
性欲が湧きあがるのを禁じ得なくなった。



「どちらまで行くのですか。

『この先に研修所があるのです。

長年!この谷に遊んでいる翔飛なのだが
建てものなんか!
炭焼き小屋さえも見たことはなかった。

小径はすぐ行き止まり。
背丈以上の熊笹が生い茂っている。

『ここに道があります。

よく分からない。
でも!かの女がすんなり入って行くので
あとにつづく。
顔やむき出しの腕に笹の縁がこすれる。
擦過傷だらけになるに違いない。

かの女は笹をあまり揺らすこともなく
先を急ぎ!すぐ姿が見えなくなる。
翔飛は必死で残り香を追いつづけた。

熊笹の茂みが尽きた。
つぎにウラジロの葉に埋もれた
V字型の底を行くことになった。
道でもないような気がしたが。

ヒノキの林に出た。
林床が見えるので少しは歩きやすい。

ヒノキ林が雑木林に変わったところに
突然!洋館が現れた。

赤茶色のレンガの外壁。
翔飛はとっさに
洋館ということばが浮かんだ。


(2)


洋館の中は天井がはるかに高く
縦に長いガラス窓がいくつもあった。

ソファを丸く並べて
白衣の女性が 7 人待っていた。
まだ!幼さの残る顔もあった。

『私たち看護婦なんです。

「看護師さん!ですか。

『看護婦!ですよ。

昨今はあんまり看護婦とはいわないと
翔飛は一瞬思ったのだが。

『特殊な研修で極秘に合宿しているのです。
『今日は厳格で怖い教官が外出なさったので
『歌を歌ってひと息入れているところです。

翔飛はよけいなことは考えないことにして
オンナの匂いだらけの中で楽しく歌った。

君恋し!影を慕いて!支那の夜!旅の夜風!

なんという古い歌ばかりだろう。
祖父母の歌を聴いて育ったものはともかく
こんな少女がよく知っているものだ。



窓外が暗くなった。
いきなり!雷光が走った!
ガガッガ~ン!
落雷の大音響。
そして天が破れたような降雨。

さらに!雷光と大音響が連続して
洋館が揺れて傾いた。

翔飛は気を失っていたらしい。
もどってくる意識の中で
なにか口に入っているものを感じた。
つきたての餅のような
あたたかくて柔らかいものが
顔におおいかぶさっている。

乳房だ!
乳首をくわえている!

「あ!あなたは?!

呼びにきた女性が全裸で抱きついていた。

『お願いいたします。

翔飛も全裸だった。

『しょういちさま!オンナにしてください。

「待ってください。
「ぼくはしょういちさんじゃないですよ。

『今だけでいいですから
『私のしょういちさまになってください。

「そりゃかまいませんが。

事情がまったく飲み込めないままなのに
翔飛のオトコは勝手に雄叫びをあげた。
つきたての餅にむしゃぶりついた。

『和子と呼んでください!しょういちさま~!

「かずこ~!かずこ~!

なん度!くんずほぐれつ
からみあったことだろう。

そして!抱き合ったまま!
少しまどろんでいたら
「教官どのが帰られました!」の声。

『大変です!
『見つかったらおしおきがあります。

『裏口から逃げてください。
『早く!

翔飛は服と靴を引っかけたままで
ウラジロの中を走った。

熊笹を抜けたら!晴れていた。
釣り具はそのまま流れのそばにあった。

ただ!ものすごい疲労感で
翔飛はしばらく大の字になっていた。


(3)


1 週間後!
また!翔飛(しょうと)は川にきていた。

「先週はなんだったのだろう。
「夢を見ていたに違いない。
「まぁ!いい!今日は焼きそばを作ろう。

『こんにちは。

「ああ!あなたは和子さん!

『さぁ!ごいっしょしてくださいね。

一瞬!ためらったが
あんなに燃えに燃えた仲なら
正面から異を唱えることもできなく
従ってしまった。

そして!また歌った。

“誰か故郷を思わざる” や
“人生の並木道” を歌いながら
みんなが涙をポリポロ流している。

どんな感情移入があるのだろう。

暑い。

『水をお浴びになったら。

和子には逆らえず翔飛は浴室に行った。
コンクリートの防火水槽のような
色気のない浴槽があった。

小さな桶が木製とは珍しい。

浴槽の冷たい水をすくって
浴びていたら
急に後ろから抱きつくものがある。

看護婦のひとりだった。
かの女も全裸であった。

『お願いです!抱いてください。
『私!生娘のままなんです。
『こういちさま。

「ぼく!こういちさんではありません。

『私の!大好きですが片思いの
『こういちさまになってください。

「そりゃかまいませんが。

翔飛は脱衣室の板の間にかの女を横たえた。
もうなにがなんやら。
ひたすら!オトコになって!吠えた。

『和子と呼んでください!こういちさま。

「和子さんはあのリーダーみたいな方では?

『班長だけではありません。
『この中にかずこは 3 人いますわ。
『昭和の和の和子。
『昭和の昭の昭子はふたり。
『あとは大正の正の正子と
『明治からとった明子と治子。
『皇国をことほぎ!
『末永い繁栄を願い命名されたのでしょう。

『同級生の半分近くが和子でしょ。
『あなたの学級でもおなじでしょ。

「いいえ!だいいち!ぼくらの同級生には
「子をつけられた女の子はいませんでしたよ。

『ふしぎですわ。
『男の子は一の字を入れたがりますわね。
『長男でない人にまで。
『一でなくても
『漢数字のどれかを使ってますでしょ。

「いいえ!同級生に数字の入っている名前は
「記憶にないですが。

『でも!あなたはこういちさま。

「違いますよ~!

『お願いいたします。

「えええい!行きますよ~!

『もっと!もっと!抱いてください!

お帰りで~す!

『ああ!帰ってこられたのは
『木刀でカツを入れる教官です。
『命がなくなるほどなぐられます!
『早く!はやく!
『力のかぎり走って逃げて~!


(4)


「2 度あることは 3 度あるという。
「もうしばらくはよそうと思ったのに
「なんだか自然に足が向いてきてしまった。

「厳しい教官の元で
「なにかすごい研修をしているような
「看護婦ばかりだった。

「そんな人となん度も寝たと
「スキャンダルになると
「教師をやめなければならなくなるかも。
「やめたら!他になにかをする能力もない。
「今日は絶対に誘われても行かないぞ。

『しょういちさま~。

「ああ!和子さん!
「今日は体調が悪いので
「おともができません。

『早く~。

「やめてください!勘弁してください!
「行きませ~ん。

『こういちさま~!

「あなたは先週の和子さん。

翔飛はひとりの和子に手を引っ張られて
ひとりの和子の乳房で背中を押されて
拒む気はみじんもなくなり
また!洋館にきてしまった。



『治子と申します。

一番小柄な!後ろから見ると
小学生のように可愛い看護婦がいった。

『では!よろしく。

治子を残してみな部屋を出て行った。

『今日は教官どのが
『15 時にはそろってお帰りになります。
『それでみなさん!
『自習をしているふりをするのです。

『大丈夫です。
『まだ 3 時間はありますから。

『あさいちさま!お慕い申しております。

正面から飛びつかれた。

「ぼく!あさいちさんではありませんよ。

でも!体はいち早く反応してしまった。

教え子の中に
小学生なのに大きな胸をして
おばさん体形のものもいる。

夜道で襲われるのじゃないかと心配したり
いきなり自分に抱きつかれたら
どうしようと危惧したりしていたが
現実になったような気がしてとまどう。

しかし!
治子の裸体はりっぱなオンナだった。

時間の制約と
教え子を抱いているような不謹慎な思いも
よけいにオトコが燃える。

息もつがず!繰り返し治子にいどめば
不覚にも失神してしまった。



(あしたにつづきます)
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