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たぬきの恩返し [はなしのはなし 食えぬ梨]

与吉はだれもいない家に帰ってきました。

背負っていた竹かごをおろします。

『今日はたくさん集められた。

与吉は家々を回って
灰を買い取っているのです。

几帳面な性格なので
集めた灰は別々の袋に入れています。
商家の火鉢の灰!
貧乏長屋のかまどや七輪の灰!
落ち葉を燃やした灰!
寺院の線香の灰!

こうして分けていると
染め物屋さんやらお百姓やら
こんにゃく屋さんやらが喜びます。
それぞれが欲しい灰を
選んで買ってくれます。

しかし!
わずかな口銭では暮らし向きは貧しい。
囲炉裏(いろり)の
うずめていた火種を掘り起こし
雑炊を煮ます。



「ごほ!ごほ。

表で人の気配がします。

なんと!
若い娘が倒れています。

「のどが苦しくて。

『早く入ってください。

娘ののどが赤くはれていました。

とびきりの美人ではないものの
とても愛嬌のある可愛い顔をしています。

「家族がみんな亡くなりました。

生前に母親から江戸で一家をなしている
伯父夫婦を頼るようにいわれていたとか。

『それで伯父さんはどこに?

「これから探さなければなりません。

探しあぐねていると
足にけがをして
のどが痛くなったとか。

『今晩はここにお泊りなさい。
『こんな麦の雑炊しかありませんが。

「ごちそうですわ。
「村ではとても貧しく
「バッタやら渋柿やらで
「飢えをしのいでおりました。



『囲炉裏のそばでお休みください。
『わたしは隣の部屋で寝ます。
『こんな貧乏家ですが
『もうひと部屋あるのです。
『機(はた)織り機があるだけですが。

与吉は機(はた)織りで
生計を立てていたのですが
ある日突然!右腕があがらなくなり
今も指の先がしびれたまま。
それで!うまく織れなくなり
しかたなく!
急きょ!灰を集めて暮らしていました。

「いえ!わたしをそこに寝かせてください。

『それじゃ!寒くて!寝られませんよ。

「わたしは村はずれの
「お不動さまのお堂で生まれました。
「貧しくて!
「火の気のないところで暮らしていました。
「大丈夫です!慣れております。



『今日もわたしは灰集めに行きます。
『その足で伯父さんを探すのは無理です。
『こんな家ですが
『治るまで休んでいてください。

それから与吉は仕事に行き
娘は家事をして
待っている日々になりました。

娘はお玉となのりました。

「お願いがあります。

お玉がいいました。

「あの機織り機を
「動かしてもいいでしょうか。

『親の代から使ってきた
『とても古いものです。
『どうぞ!さわってみてください。

その日から与吉が出かけると娘は
カタコトと機織り機を動かしていました。

「こんなものができました。

なんと!あたたかそうな股(もも)引きです。

『これは!毛じゃないのかね。

「はい!うさぎさんの毛で織りました。

『こりゃ!いいものだ。
『わたしがはくのはもったいない。
『あした!庚申堂で楽市がある。
『そこに出してみたいのだが
『ゆるしてくれますか。

「あなたの思うようにしてください。

楽市で要領が分からず
端っこでとまどっていたら
この市を取り締まっている
さむらいがやってきました。

「あ~!

『お許しを。

「許すもなにもない。
「それはなにか?

『うさぎの毛の股引きでございます。

「なんとな!
「いいものをもっているではないか。
「そんなものがほしかったのじゃ!
「寒いときの見回りは難儀をしておった。

「いくらだ?

『いえ!あの。

「先約があるのかの。
「そちらを断りなさい。
「1 両でどうじゃ。

『い!いちりょう?!

「不満か!今持ち合わせがない。
「さらに 1 分つけるからゆずってくれ。



『お玉さ~ん!売れました!
『おさむらいがたいそうな値段で
『買い取ってくれました。

ふたりは抱き合って喜びました。
なんどもなんども抱きしめ合いました。

いつのまにか!口を吸いあっていました。
そして!オトコとオンナになりました。

なったんだから!しかたがありません。

その日から!めおとになりました。

なったんだから!私は知りません。

抱き合って
囲炉裏端で寝ることにしたのですが
お玉は妙なことをいうのです。

囲炉裏の火種を
しっかり灰に埋めてほしいとのこと。

「とても毛深いので
「あなたに見られるのが恥ずかしいのです。
「暗くしてください。



つぎの月の市の日までに!
また 1 枚!股引きが仕立てあがりました。

あのおさむらいがやってきました。
さっそく!お買いあげです。

「腰巻きはないかな。
「拙者の妻が冷え性で困っておるのじゃが。

翌月!腰巻きを持って行くと
さむらいは相好をくずして
2 両もの金子を置いて行きました。



与吉はふしぎになっています。

『どこでどうやって
『うさぎの毛なんか手に入れるのだろう。

この朝も与吉はかごを背負って
元気に仕事に出て行きました。

しばらくして!こっそり帰ってきました。

そして!機織り部屋をのぞくと!
1 頭のたぬきが自分の毛を抜いて
糸をよっていました。

『お玉。

「あ!与吉さん。

『おまえはたぬきだったのか。

「はい!命を助けられたたぬきです。



それは半年も前のこと。

「クィ~ン!くぃ~ん!」

町はずれの林の縁で哀れな声がします。

与吉が近づくと
悪がき風な男の子が 4 人いました。

「追いかけたら
「崖から落ちて後ろ足を痛めたから
「簡単につかまえられたよ。

誇らしげにいい放ちます。

首に縄をかけられて
息絶え絶えになっているたぬきが
あばれる気力もないように
横たわっています。

「ももんじ屋に持って行こうぜ。
「この大きさなら 50 文はくれるよ。
「ひとり 10 文くらいにはなるぜ。

与吉はたぬきが可哀そうになりました。

『おじさんにゆずってくれないか。
『ひとりに 20 文ずつやるから。

「ん!そのほうがいいや。
「おじさんに売るよ。

与吉は
たぬきの首の縄をほどいてやりました。
もう少しで窒息するほど
かたく結んでいました。

たぬきはよろよろと立ちあがり
足を引きずって林に消えました。

『なんの礼もいわずに行ってしまった。
『たぬきは人間をうらんでいるだろうから
『しかたがないか。



そのたぬきでした。

「姿を見られたので
「もうここにはいられません。
「おせわになりました。

『なにをいうのだ。
『いやでなかったら!
『ずっとここにいておくれ。

「もう毛を抜いてしまいました。
「織ることもできません。

『もういいのだよ。
『なにもしなくてもいいから。
『いつまでもいておくれ。

ふたりは抱き合って泣きました。



それからも
ふたりは仲むつまじく暮らしました。

『お玉!ひとつ教えておくれ。
『体の毛を全部抜いたというが
『股間の毛だけはどうして残しているのかえ。

「そこを抜いてしまうと
「あなたが暗闇の中で
「わたしの体の
「裏か表か分からなくなると思って。
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