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ムショの雑煮 [はなしのはなし 食えぬ梨]

『12 月になったね。
『横木さん!いよいよ仮釈放ですね。

「あぁ!

『クリスマスと正月!
『シャバでできますね。

「ん。

『もっと喜んだらどうですか。

『『オレたちにはクリスマスはないけど
『『元旦には雑煮が食えるぞ。

「「え!?ムショで雑煮が出るんですか?

『『お前さんは初めての正月だな。

『1 日の朝だけ!雑煮があるよ。

「オレも食いてぇ。

『横木さんはシャバで
『もっとうまいもんが
『食えるじゃないですか。

「オレ!ムショで初めて雑煮を食ったんだ。

『『え!?どこの国で育ったの。

「むろん!日本さ。
「普段は愛人のところにばかりいる親父が
「正月には帰ってきてね。
「おふくろと兄貴とオレを連れて
「レストランめぐりだ。

「中華や寿司や鍋ものが多かったな。
「イタリアンもコリアンもあったな。

「「親父さん!富豪なんだ。

「バッタ屋だったのかなぁ。

「「バッタ屋?

「定価が 2 万円や 5 万円の
「たとえば洋服を!電化製品を!
「200 円とか 500 円とかで買ってくるんだ。
「1,000 着とか 5,000 個とかね。

「メーカーや卸し屋が
「困っている在庫品を買って
「いくつかに小分けして
「300 円とか 800 円とかで売るんだ。

「陶器でも!テレビでも!人形でも!
「いろんな見本みたいなものが
「家にごろごろあったな。
「酒もあったような!
「酒販の免許もないのにね。

「宵越しのカネは持たない
「経済観念のないおふくろだった!
「料理も家事も嫌いで
「毎日!ぜいたくざんまいよ。

「それが!調子に乗ったのか
「大きな取り引きに手を出して失敗!
「親父はひとりで蒸発したって訳よ。
「オレ!小五のときさ。

『債権者が押しかけたの?

「ところがあんまり。
「親父は若くてこぎれいな愛人のほうを
「いつも表に連れて歩いていたから
「みんな!愛人宅が家庭だと思って
「そっちに行ったようだった。

「それからの正月には
「おふくろは兄貴とオレに
「いくらかのこづかいを渡して
「オトコの元に行って帰ってこないんだ。

「5 歳上の兄貴も
「半グレ集団に混じって帰ってこない。
「こどものオレ!ひとりぼっちさ。
「正月は牛丼屋めぐりをしたり
「特上の弁当を買ってみたりしていた。

「すっかり落ちぶれてボロアパート住まい。
「薄い壁に耳をつけて
「隣の若いカップルが
「昼夜セックスしている声を聞きながら
「大きなケーキをひとりで食っていたよ。

『女はどうだったの?

「はたちのときに 10 歳上の女と
「暮らしていたことがあるけど。

「オレ!なんにもないんだ。
「学歴も!手に職も!器用さも。
「そんなオレによくしてくれたね。

『じゃ!正月があったのでは?

「いや!互いに仕事がない正月休みは
「セックスざんまいよ。
「めしを食ういとまもなく。
「若かったね。
「雑煮なんか!やっぱり知らなかったね。

「かの女!流産してね。
「そんな大変なときに
「思いやりに欠けたんだな。
「いや!どうしたらいいか分からないんだ。
「バカだったよ。

「結局!それが原因かどうか
「逃げて行ってしまったよ。

「それから!どうして生きていたやら。
「けんか早いけど組織にも入らずに。
「気がつくと
「カネのない 40 歳になっていたんだ。

「深夜!包丁を見せたら
「コンビニのバイトが
「さっと 10 万円出したんだ。
「簡単だね!ボロいね。

「ふた月後!またやったね。
「5 万円ばかリくれたね。

「それでやめておけばいいのに。
「永久に捕まらなくてすんでいたかも。
「また!それもすぐ!なん日か後に
「別の店に包丁を持って行ったのよ。

「そのときにはいきなり
「警報ベルがけたたましく鳴った!
「あわてたよ!
「しかし!なにも食っていなかったので
「たとえ!千円でも持って帰らなきゃ。

「包丁を振り回していたら!
「万事休すさ。
「しばらくあばれていて
「2、3 人にケガさせてしまったから
「罪が重くなったね。

「ムショで雑煮を食って感激したね。
「初めてでもあってね。

『あんまり豪勢なもんじゃないけどね。

「ゆでた丸餅がふたつ。
「小さなほうれんそうの葉。
「豚肉のかけらが入っていたよ。

「「餅!焼いてないんですか。

『そうだよ!大勢に出すのに
『焼いてなんかいられないよ。

『『オレの母親は関西人だったから
『『ゆでた丸餅だったな。

「「自分のうちは焼いた切り餅。
「「昆布か椎茸だしだったような。
「「汁が豚肉って!知らなかったなぁ。

『『ブリかサケの年もあったぞ。

「いくつも食っていますね。

『『はは。お前さんたちよりはな。

「ああ!仮釈かぁ。

『『シャバはカネがいるよ。

『少しはあるの!?

「あったら強盗なんかしないよ。
「ここで働いてできたカネは
「5 万もないだろ。
「支援団体のところへ行っても
「先がないわな。

『仮釈が消されるように暴れてみたら。

『『ここはなん百人いても小さな社会。
『『そんなことをしたら
『『すぐみんなに知れて
『『笑われて!つらいぞ。
『『豆どろ(強姦の類)以下の軽蔑だ。

刑務所にもよりますが
犯した罪によって順位(?)がつくようです。
豆どろは情けない行為とされています。

さらに!
うそつき!見栄張りは嫌われます。
私のようなうそ八百で生きているものには
つらい世界です!?
できるだけ行かないようにしたいもの。

外の営みから遮断された空間では
ほんのささいな幼稚なことでも
個人の情報は案外早く伝わります。
シャバの三流女学校の
うわさばなしと変わりません。
三流にも一流にも
女学校に行ったことはありませんがね。

「シャバに出てすぐ!カネが尽きて
「無銭飲食でもしかねないと思うと
「オレ!怖いんだ。

「天丼と漬けものを食って
「逃げて!捕まって!
「また!ここへ帰ってきたら
「恥ずかしいな。
「笑いものになるよな。

「「豆どろより
「「ずっとずっと以下の扱いですかね。

『親御さんやら兄さんに連絡をとったら。

「どこで生きているのやら
「死んでいるのやら。

「ああ!雑煮!食いたいなぁ。



そのころ!別の刑務所に
仮釈放直前の横木の両親と兄がいました。

「シャバに出たくないなぁ。
「正月にはここの雑煮が食いたいなぁ。
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