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雪女 外伝 [はなしのはなし 食えぬ梨]

吹雪がやみません。
まだ夜明けまで時間があります。
太平はひとりで豆腐を作っていました。

ふと!顔をあげると
家の前をなにかがよぎりました。

太平が外に出てみると
薄い着物の女性が過ぎて行きます。

「もし!どうしたのです?!
「こんな雪の夜に。

「早くこちらへお入りなさい。
「かまどのそばにどうぞ。

『私はぼうぼう燃える火は苦手です。
『このあたりでけっこうです。

「すぐに!から汁を作ってあげましょう。

『から汁?!

「おからのみそ汁ですよ。
「豆腐屋は豆腐を売り
「おからを食べて生きているのです。

「おからの煎ったものもどうぞ。



夜が明けました。
吹雪はおさまりました。
お年寄りが鍋を持ってやってきました。

『ん!きれいなひとじゃないか。
『太平!嫁をもらったのか。

「いや!親戚の娘ですよ。

『ひさめさんというのか!?
『いい名前じゃないか。
『1 丁おくれ。

娘は身を切るような冷水にある豆腐を
すくいあげて鍋に入れました。

「冷たいだろう。
「そんなことをしなくてもいいよ。

『冷たいのは大丈夫です。
『暑さには弱いのですが。

透明な冷水の中から
透き通った手ですくいあげる豆腐は
いかにもおいしそうです。

豆腐はよく売れるようになりました。



冬が終わり!春がきました。
その春も行くころ
ひさめがいい出しました。

『伯父の家のお手伝いに行ってきます。

『伯父は氷室(ひむろ)を持っています。
『都に近い奥山にあります。
『夏はその氷の切り出しに忙しいのです。

「それはまた遠いところだね。
「気をつけて行きなさい。
「つぎにいつまた会えるかどうか
「分からないけど元気でね。

太平は軽いけど
栄養豊富な凍り豆腐を
たくさん持たせて送り出しました。



野山の木々がすっかり葉を落としたころ
突然!ひさめが帰ってきました。

なにごともなかったように
豆腐作りを手伝っています。
特に冷たい仕事をいといません。

「今度!ごんすけのところに嫁にきた
「おふくといいます。
「よろしく。

「ごんすけ!
「2 度もおかみさんに死なれたから
「よかったね。

「おらも 2 度!亭主に死なれたのです。
「3 度目同士!合わせて 6 度目。ははは。

「明るいひとでよかったね。

「まぁ!おかみさん!
「きれいなひとでねぇか。
「あちこちの村で暮らしたけど
「こんなきれいなひと!見たことがねぇ。

おふくはたびたびきて
ひさめの顔を見るようになりました。

「昔!どこかで会いませんでしたか。

『いいえ。

「こんなきれいなひと。
「忘れるはずがないのだが。



「ああ!おまえは与作のところにきた!?

とうとう!おふくは思い出したのです。

それは 5 年前のこと。

夏の間は田畑の草取りぐらいで
大きな仕事はありません。

与作は
入会地(いりあいち)の奥山に入って
1 丈(≒ 3m)ばかりの小松を伐って
さらに 2 尺(≒ 60cm)ほどに切りそろえ
束にしてかついで帰ります。

冬ごもりに使うたきぎを集めに
夏から精を出していました。

暑い日でした。
与作はたまらず谷に降り
顔を洗っていると!いい匂いがします。

上流で女性が顔やら足やら洗っています。

与作はそっと近づきます。

3 間(≒ 5m)ばかり後ろにつくと
女性は気づいて振り向きました。

透き通るような顔。
氷のような足や腕。

「驚かすつもりじゃなかったのだよ。

『わたしのほうこそ!失礼しました。

女はゆえあって!
山奥でひとり暮らしといいます。

それから与作は山行が楽しくなり
ひんぱんにたきぎ作りに
出かけるようになりました。

じきにふたりは恋するようになりました。

「どうかおいらの女房になってください。

『それはできないさだめなのです。
『わたしはここにいなければならない
『おきてがあるのです。

『あなたが通ってくださるのなら
『この山だけの女房にさせてください。

女性は「ひさめ」となのりました。

抱きしめると
顔も手足も胸も尻も冷たい。
ふもとから夏の山道を
気がせいてのぼってくると
身体中が熱のかたまりになっています。

そしてしっかりと抱き合うと
そのひんやりさが心地いい。

「おいらには村の仕事がたくさんあるので
「毎日は通えません。

『では!
『三のつく日には必ずおいで願えたら。

「それは絶対に約束できますよ。
「そのほかの日もきますよ。



秋がきました。
あれやこれや穫り入れの季節。
もう!ひと月も山に行けずにいました。

それにすっかり涼しくなって
あのひさめの冷たい体を抱くことには
ちゅうちょします。

隣の田の稲刈りの手伝いにきていた
「おふく」という娘と
親しくなってしまいました。

まん丸い顔。
よく笑います。
ひさめと反対の性格です。

なによりも肉づきのいい体はあたたかい。
いつまでも抱きしめていられます。

ひさめが研いだ刀のような美しさなら
おふくはちびたすりこ木のような
愛らしさがあります。



吹雪の荒れる夜
与作とおふくは
抱き合って過ごしていたとき
安普請の家は突風にきしみ
扉がばたりと倒れました。

『与作さん!約束をたがえましたね。

「お!おまえはひさめ!

『約束を解消しないうちに
『他の女と暮らすなんて!許せない。

『わたしは雪女!
『あなたもわたしのような
『冷たい体にしてあげよう。

ひさめがふっと息を吹きかけると
与作は凍りついてしまいました。

『おまえさんも運が悪かったね。
『いっしょに凍りつかせてあげよう。

「待ってくだせぇ。
「おら!みごもっています。
「おらはともかく
「おなかの赤ちゃんがふびんです。

『それはしのびない。
『このことをだれにもいわないと
『約束するのなら
『命だけは助けてあげよう。

「いいません!だれにもいいません。

おふくの命は助かりました。



『いわない約束だったのに
『いってしまいましたね。

『凍りつかせてあげるから
『与作のところへ行きなさい。

「待ってくだせぇ。
「おら!みごもっています。

『また!?

「すみません!またです。

『しかたがない!
『ホントに 2 度としゃべらないように。



『太平さん!隠しておいてごめんなさい。

『あなたはわたしの体を疑いもせず
『普通の女として
『やさしく接してくださいました。
『いつまでもご恩は忘れません。

『雪女にもどり山へ帰ります。

「待っておくれ。
「雪女でも雨女でも猿女でも
「おいらにとっては関係ありません。
「ずっといてくれればいいのです。

太平の引き留めにも背を向けて
ひさめは山へ帰って行きました。

『雪の日には
『少しだけ思い出してくだされば
『うれしいです。



吹雪の夜も
太平は豆を煮ていました。

ふと顔をあげると
ごーごーという音の中に
「たへいさ~ん」と呼ぶ
ひさめの声があります。

あるような気がする朝まだきです。
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