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釜ケ崎100年 [通天閣が見える]

繁華街の飲食店で
いつもののしっている一団があります。
彼らの対象はこの場にはいない
弱者と思える人たち、、、例えば
ホームレス!生活保護者!寡婦(かふ)!等を
品のないスラングでこきおろしています。

シメは
「よその市に行って!死んでしまえ!」が
決まり文句みたい。

公務員らしい?!
弱者を相手にする部署にいるのかな?!
もしそうなら
なんという思い上がった
公僕にあるまじき不遜な態度でしょう。

寂しくなりますね。

武田麟太郎著/釜ケ崎に
(昭和8年ごろの)大阪市から出ているという
「大阪市不良住宅地区沿革」の引用がありました。

以下!勝手に現代文に読み下してみます。

現在の釜ケ崎密集地域も明治35年頃までは
わずかに紀州街道に沿うて旅人相手の
八軒長屋が存在したるに過ぎない。

(中略)

大阪市の発展に伴いて
下寺町広田町方面に巣くっていた細民は
次第に追い出されて南下し
(中略)
下級労働者、無頼の徒、無職者は激増し
街道筋に存在する木賃宿は
各地より集まる各種の
行商人遊芸人等の巣窟となり
付近一帯の住民の生活に
はなはだしい悪影響を与えつつある。

児童の大半は就学せず
(中略)
金銭を賭して遊ぶ子供を所々に見受ける。

下水の施設なく
不潔なること言語を絶するものがある。

(中略)

上水の施設もないところ多く
井戸水を使用している。
(以下云々)



すごいですね!
文章の内容ではなく
上から目線!

なに様だ!!

悪お代官さまの威を借りる
ならず者の岡っ引きのレポートみたい。

大阪市は昔から
弱者には冷たかったんですね!
毛嫌いするだけが問題解決かよ!

そういう伝統の職場に浸かった小役人なら
自分が尊大かどうかは分かりませんよね。
横柄なのがフツー!なんの疑問も感じませんわな。


blog00.jpg
昔の紀州街道・釜ケ崎あたりでしょうか。
灯ともしごろ
仕事を終えた労働者が
ぞくぞく帰ってきています。
みんな!生きているんです。
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