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ロシア艦隊がやってきた [はなしのはなし 食えぬ梨]

「お奉行!ロシア鑑から
「食事の誘いがきました。

なんだ!それは」
行きたくはないもんじゃ」
断れないのか」

「断ればロシアと戦(いくさ)になります。
「それに幕府から叱られます。
「なるべく長く
「大坂に引きつけておくようにと
「江戸からいわれていますから。

ああ!ロシアは」
どうして大坂なんかにきたのじゃ」
おれは波風絶たないように勤めて」
江戸に帰るはずだったのに」

東西の町奉行所が月交代で勤務だろう」
こちらが担当のときに問題が起きるとは」
いよいよもって!ついてないのぉ」



では!行くとするか!しかたがない」
与力は筆頭から 5 人ついてきなさい」

「すごいもんですなぁ!黒船は。
「船内は全然!揺れていませんな。

「お奉行は上座に願います。

ん!?どこが上座だ!?」

「適塾の塾生に
「通詞(つうじ)を頼んでおるのですが。
「こちらはオランダ語。
「それからからエゲレス語に。
「そしてロシア語にと通詞が多いので
「答えが紛れます。

「好きなところに座れといっています。

そりゃ!まずい!絶対まずい!」
秩序と美しさがなくなるではないか!」

「お奉行!こちらの絵の前が上座では。
「掛け軸に背が上座では!日本では。

おお!そうだ!」

あ!かれが黒船の艦長のプーチンチンか?」
プーチンチンは窓際に座ったじゃないか!」
あちらの明るいほうが上座に違いない!」

「なるほど!ご明察!
「みなさん!席替え!席替え!



ん!なになに!乾杯か!」
わ!きつい酒じゃのぉ!」

「料理は 1 品ずつ出てくるようですな。

「お奉行!どうしましょう!?

とにかく失礼のないように!包め!包め!」

奉行と与力は油紙を出して
みんな包んでふところに入れます。

つぎに出てきた料理もふところへ。

バリバリ!バリバリ!音だらけ。

もう!おしまいか」
では!帰るとするか」



「お奉行!プーチンチンが大変ご立腹です。

なにがあったのじゃ!」
やめてくれ!おれの任期中は」

「昨日の会席!
「失礼にもほどがあるといっています。

おとなしく」
料理を全部もらってきたではないか」
帰る途中で汁がこぼれて」
ふところからふんどしまで」
べとべとになっているのに」

人前で食べる無礼はしなかったぞ」
それに相手に無言を通したではないか」
ひそひそばなしが聞こえたのかのぉ」

「それが失礼だとか。
「しゃべりながら
「仲よく食べなければいけないとか。

文化のない国じゃのぉ!」
それじゃ!キャンキャンわんわんの」
野良犬のエサやりと」
変わらんではないか」



「通詞によると食事の返礼をしなければ
「敵対したとみなすとかいっております。

ああ!情けないのぉ」
料亭の吉兆を!イヤ!盲腸を!イヤ」
奪兆(だっちょう)を呼べ」

ロシア艦隊に」
めしを食わせなければならなくなった」
日本の威厳と美しい礼節を見せるには」
どうしたらよいもんかの」
武家では大勢で会食することはまずないのだ」

「商家では毎日大勢で食べております。
「きちんと礼節を守っております。

どのような食事状況じゃ」

「まず!並びに順位を崩しません。
「旦那が上座には間違いありません。
「つづいて跡取りの長男です。

「このふたりが床の間を背にしていますが
「つぎからは床の間を右手に
「つまり旦那に対して直角に座ります。

「端から長男の予備の次男以下の男の子。
「つぎに旦那の母親!
「つぎに奥方!つまりご寮はん。
「女の子たち。

「それから番頭どん。
「手代!丁稚の順番となります。
「大きなお店(たな)なら下位の丁稚は
「土間にむしろ敷きになることもあります。

「台所の女はみなの食事が終わってから
「残りものをぶち込んだみそ汁を
「車座に囲んで食べております。

おお!日本の食事は美しいのぉ」
世界に誇れる礼節じゃ」



料理はどうだ」

「仮にその日は焼き魚!
「旦那はタイ(鯛)の切り身といたしますと
「跡取りもタイです。

「ただし!旦那には
「ハジカミ(芽生姜)なんぞをのせて
「威厳をあらわします。

「スペアの男の子たちには
「サワラ(鰆)くらいでしょうか。

「女の家族にはサバ(鯖)でしょう。
「おなじ魚でも上位者のほうに大きくします。

「番頭どんにはめざし 3 尾。
「手代には 2 尾。
「丁稚には 1 匹と
「身分をきっちり確認させます。

おお!美しいしきたりじゃのぉ」

「さらに旦那だけには
「タイの刺し身をつけたりします。

「丁稚には必ず!目玉汁です。

なんの目玉を入れるのじゃ」

「丁稚のみそ汁に
「具を入れるような愚かなことはしません。
「のぞくと
「自分の目玉が写っているみそ汁です。

「もちろん!食事中には無言を貫きます。
「もし!しゃべったら
「しばらくは食事抜きの制裁があります。

「ごはんをお代わりするときには
「給仕の女中(おなごし)と
「眼でコンタクトを取ります。

ほれぼれするいい文化だ!」
日本に生まれてよかったぞ」



「このすばらしい慣習をロシアに見せて
「大いに感服してもらえばいかがかと。

そうしよう」

「まず!艦長には膳をみっつ。
「料理の数を 21 品ほどでどうでしょう。

「副艦長には三の膳でも料理は 18 品。
「そのつぎには 15 品。

「4 番目の人には二の膳で 12 品。
「つぎの人には 9 品。
「6 番目の人には一の膳で 6 品。
「その代わり!
「ごはんはおひつごとつけてあげるとか。

まことに美しい食事風景になるであろう」



「それで身分の順位を
「聞いていただきたいのですが。

そうだ」
奉行所もそれを把握しておかねばならん」
接し方を変えるためにも」

「艦長とその他 5 名と申しております。

それじゃ困るであろう」
もっと細かく尋ねるように通詞にいえ」

「順位はついていないと申しております。

経験年数から区別しろ」

「忘れた!そうです。

年長者を立てるか!年を聞いてまいれ」

「ふざけるな!食事するのに
「なにが関係あるのかとご立腹です。

奪兆が決めた料理の絵を持って行って」
説明してみてくれ」
納得してくれるであろう」

「ますます!ご立腹です。
「全員!おなじ料理しか食べないと
「申しております。

なんという野蛮人の集団だ」
台所の下働き女と変わらんではないか」

「だいたい量からして逆じゃないかと!
「一番食の細い艦長がこんなに食えるかと
「赤鬼のような顔で怒っています。

しかたがない」
奪兆!そちにまかすから」
うまく差をつけた配膳にしてくれ」



「ちゃんと最初から終わりまで
「語り合いながら食べるのであろうな!
「といっております。

いっしょに食わねばならんのか!」

「御意。

困ったのぉ!机の上には座りにくい」

「こちらは畳に座ったらいかがかと。

どのようにだ」

「かれらの机の前に畳を 6、7 段重ねて積んで
「お奉行はそこに座られたらどうでしょう。

おお!そうしよう」
牢名主みたいじゃがの」

「畳はもうひと組しか置けないでしょうから
「ご相伴は
「お奉行と筆頭与力さまだけになります。

「お奉行の後ろに
「与力と同心をずらりとひかえさせましょう。



「あれはなんだと
「プーチンチンがいっています。

ひかえの同心たちのことか」
上司の行動を見守るのは」
美しい日本の武士道だといえ」

「通詞不能です。

今日は仕事のつごうで」
30 人しかひかえていないが」
無理すれば」
あと 50 人は動員できるといって」
感心させてやれ」

「通詞不能です。
「食事をしないものは出ろといっています。

ほとほと疲れるのぉ!野蛮人相手は」

「なにかしゃべれといっています。

本日は晴天じゃ」
あしたもそうであろう」
あさっては分からん!そう通詞しなさい」

「面白いことはないのかといっています。

ない!」

「お奉行。

なんじゃ!与力」

「せんえつながら浮かびました。
「拙宅の猫のマサコ!
「胴体はごちゃ混ぜ色ですが顔は真っ白け。
「そして長いしっぽも真っ白。
「尾も白い!面白い。
「いかがでしょう。

わははは!面白いのぉ!」
さっそく伝えろ」

「落語の大喜利問題は通詞不能です。



「プーチンチンが
「おれの膳が異様に高いといっています。

おお!膳の脚が 1 尺(30cm)以上あるの」

下に行くほど 1 寸(3cm)ほどずつ」
順に低くなっておる」

そうか」
奪兆は考えたな」
膳の高さで差別を図ったのか」

さぞ!美しい日本を感じることであろう」
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