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なお 畜生 [はなしのはなし 食えぬ梨]

「わたしももう 50 歳だ。
「そろそろ隠居してお店(たな)は
「正太郎!おまえにまかせようと思うが。

『ありがとうございます。

「ひとつ心残りは!おまえに
「まだ嫁をもらってやれないことだ。

『おとっつぁん!それは
『いずれなんとかなります。

「はなしのあったいずれのお嬢さんも
「帯に短し!たすきに長し。
「おまえのいいお嫁さんで
「お店のいいおかみさんでも
「なければならぬからのぉ。

「こんなはなしの後でいうのもなんだが
「この先を考えて
「わたしも後添えを
「もらおうかと思っているのだが。

『それはよいお考えでは。
『おっかさんが亡くなって
『もう 10 年になりますし。

「ありがとう。
「いい息子を持ててしあわせものだ。

「おまえにいうのも気恥ずかしいのだが
「なかなかの女を見つけたのだが。

『わたしより若い方ですか。

「いやいや!
「おまえよりひと回りはゆうに上の人だ。

「みつき前だったか
「うちにきてくれている棟梁の作業場に
「ふらりと寄ったのだが。

「そこでめしを炊いたり
「若い人の面倒を見ている
「実にきびきび働いている女性がいる。
「ああいう人がいいなぁと
「年甲斐もなく思ってしまってね。

『それはいいはなしです。
『先方の条件が合えばもらいましょう。
『もらいましょう。

「おまえが張り切ってもねぇ。

『わたしが拝見してきましょう。
『それとなく棟梁に尋ねてみましょう。

「おお!そうか。
「息子に頼むはなしでもないかも知れないが
「そうしてくれるか。

「なるべく遠回しに!遠慮がちに!
「棟梁にそれとなく聞いておくれ。



『ああ!ここが棟梁の作業場か。
『なるほど!大勢の人が働いている。
『ああ!あの人か。
『若い衆の中を縫うように!よく動く人だ。
『とびきりではないが美人には違いない。
『おとっつぁんにはもったいない人だ。
『わたしもほしいくらいだ。

「あ!近江屋さんの若旦那じゃありませんか。

『あのおね~さん!よく働く人ですねぇ。

「そうなんです。
「めしは作るは!掃除はするは。
「若い子の服の破れはつくろってやるは。
「ひとりもんには姉のようで
「母代わりなんですよ。

『いい人なんだ。
『棟梁に聞いてみるか。

「おや!若旦那。
「むさ苦しいところに!おそれいりやす。

『突然ですみません!
『仕事の手を停めさせては悪いので
『一服するときまで待ちますよ。

「大丈夫ですよ。
「おい!とめ!このつづきをやっとくれ。
「ん!?おまえの考えでやればいいから。

『忙しいようですね。
『それに大勢の使用人ですね。

「今!あっしを入れて 18 人います。
「これも近江屋さんに
「出入りさせてもらってから
「運がいいほうに回りやした。
「いつも大旦那や若旦那には感謝して
「おがんでくらしておりやす。

『そんなおおげさな。
『みんな棟梁の器量のたまものでしょう。

『あのきれいなおね~さん!
『よく働く人ですね。

「ああ!お菊ですか。
「お多福ですが!動くのが好きな女でやす。

『ご亭主はおありでしょうね。

「いや!死に別れましてね。

「あっしの年の離れた
「一番上の姉の娘なんですがね。
「あっしと年が近かったので
「きょうだいのように育ちました。

「嫁いで平穏に暮らしていたのですが
「娘がみっつのときに
「亭主がぽっくり死んでしまいまして。

「途方に暮れていたので
「とりあず!うちで
「めしでも炊いていろといったら
「とりあえずが 10 年過ぎてしまいました。

『それとなく!遠回しにいいますが。

「は!?

『ください。

「なにを!です?!

『お菊さんをお嫁さんにください。

「遠回しではないのでは。

「ありがたいおはなしですが
「若旦那!あんな 40 前のおばさんより
「しかるべきお嬢さんを
「おもらいになったほうがよろしいかと。

『あ!わたしではなく
『うちのおとっつぁんが惚れてしまいました。

「大旦那が!ですか!
「願ってもないおはなしです。
「さしあげます。
「どうぞ。
「今!お持ち帰りになりますか。
「後でお届けにあがりましょうか。

『お菊さんのお気持ちを聞いてみないと。

「大丈夫です。
「きょうだいみたいなものですから。

『それにここの飯場がお困りでしょう。

「お恥ずかしいはなしですが
「うちには出もどりの娘がいるんです。
「うちのかかあと
「朝からふたりでだらだらしていて
「困っていたんです。

「お菊がいなくなったら
「ちょうどいいのです。
「ふたりにカツを入れて働かせられます。



『おとっつぁん!そういうはなしになりました。

「それとなく!遠回しにいったのであろうな。
「それで!そこまではなしがいったのか。
「よくやってくれた。
「それで!どうして
「すぐお持ち帰りしなかったのだ?!

『ところがお菊さんが。

「こんなじじいはイヤといったのか!?

『ははは!その通り。

「はあぁ!

『というのはウソですが。

「親をなぶるんじゃありません。
「それではなんだ?!

『娘のお千代さんとずっと暮らしていたので
『せめてもう少し!娘がお嫁に行くまで
『いっしょにいたいとか。

「いっしょにいてもらったらいいじゃないか!
「いっしょにきていただきなさい。
「おまえはどうしてふたりまとめて
「すぐお持ち帰りしなかったのだ。

「娘さんがわたしのことを
「おとうさんと呼ぶ!呼ばないのは
「勝手でよろしい。

「おじさんでもおじいさんでもいい。
「木村拓哉と呼んでくれてもかまやしない。

「それに嫁入りじたくは恥ずかしくないように
「させてもらいましょう。
「おまえのこづかいを 3 年削ってでも。



とかなんとかあって
お菊お千代は無事に近江屋にやってきました。

お菊がきて
奥の台所に芯ができて
女衆(おなごし)たちは
各自持ち場が定まって楽しく働いています。

お菊は丁稚たちに
姉のように母のように接するので
お店全体が明るくなりました。



「いやぁ!毎日が春の盛りのようだ。
「死んだあいつにはすまないが
「なんといういい嫁にめぐり会えたことか。

「娘のお千代がこれまた可愛い。
「きたその日から
「わたしをおとうさんと呼んでくれた。
「涙が出たよ。

「はたちのときに好きになった娘に似ている。
「互いの家の事情でかなえられなかったが。
「駆け落ちしていたらどうなっていただろう。
「そうするべきだったのだろうか。

「日々!あのころのことがよみがえる。
「お菊になんの不満もないが
「お千代に変な思いが募る。

「強く抱きしめたい。
「男女の仲になってみたい。

「ああ!わたしはなにを考えているのだろう。
「それは畜生のやることだ。
「義理でも父と娘だ。
「こんな考えをすることすら
「畜生道に落ちかけている。
「あのときとおなじように
「静かにおさめることが人の道だ。



「そうだ!お千代を正太郎にめあわせたら
「ずっとこの家でいっしょに暮らせる。
「みんなうまく行くような。

「正太郎!お千代はいい娘だな。

『この年で妹ができて喜んでいます。
『妹は実に可愛いものですね!

「あんな娘を嫁にもらいたくはないか。

『まったくそうですね。

「もらえ。
「お千代と夫婦(めおと)になりなさい。

『ちょっと待ってください。
『妹ですよ。
『きょうだいで夫婦!?
『畜生ではないんですから。

「きょうだいといっても義理ではないか。

「敏達(びたつ)天皇と
「その皇后で後の推古女帝は
「ともに父親は欽明天皇だ。
「そのきょうだいが夫婦になっても
「天皇家も日本国民も歓迎している。
「歴史にも名前を残されている。

「おふたかたは母が違うが。
「母さえ違えば問題はないのだ。

「おなじ母のきょうだい同士が畜生だ。

「允恭(いんぎょう)天皇の皇太子だった
「木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)は
「おなじ母から生まれた
「衣通姫(そとおりひめ)を好きになって
「皇太子の座を追われた。

「おまえとお千代は
「父も母も違うではないか。
「世間も認める立派な夫婦になれるぞ。

『おとっつぁん!ちょっと待ってください。

「ま!ゆっくり考えてみなさい。
「あんなにいい娘を
「よそにやるのはもったいないじゃないか。



『お千代もいい娘だが
『日々!お菊さんへの思いが増してくる。
『おとっつぁんより先に
『めぐり合わなかったのが残念だ。

『抱きしめたい。
『男と女の関係になりたい。

『なりふりかまわず!思いっきり
『抱きしめて
『思いを遂げたらすぐ家を出ようか。

『男ひとり!なんとか生きて行けるだろう。
『食えなくなったら死ねばいい。

『おとっつぁんは
『さいわいお千代を気に入っている。
『わたしが失踪したら
『お千代に婿養子をもらえば
『お店もやって行けるだろう。



『お千代と女衆(おなごし)たちは
『買い出しとそれぞれの買いものに
『連れだって出て行ったようだな。

『おとっつぁんも隠居するどころか
『張り切ってみんなを引き連れて
『商売に行ってしまった。

『留守番の手代と丁稚が店先で
『口をあんぐり開けて!突っ立っている。

『向かいの因幡屋の女衆たちが
『表にたらいを持ち出し
『なにやら大きなものを洗っている。

『手代と丁稚は
『かの女たちがときおり
『立てひざをするのが気になるのだな。
『今に久米の仙人のように
『溝にでも落ちるぞ。

『すると!お菊さんは 2 階にひとり!

ときは今!
正太郎は抜き足で階段をのぼります。

お菊は向こうを向いて
つくろいものでもしているようです。

正太郎はそっと近づいて
左手で抱きしめ
右手をふところに差し入れました。

「なにをするのです?!
「こんなこと!畜生ですよ。

はっとわれに返った正太郎。

『おゆるしください。
『魔が差してしまって。

青菜に塩。
うつむいて階段に向かいます。

「どこに行くのです。
「このままもどったら
「なお畜生ですよ。
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