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おちょやんのののちゃん アチャコ青春手帖 [活動写真]

「なつかしいよ。

居酒屋の “めし炊き” をクビになった
おばさんがいいます。

NHK のラジオドラマの
“お父さんはお人好し” を
家族そろって聞いていたといいます。

『四国の山ん中にも電波があったの?!

「うちは四国の山ん中の都会や!失礼やで。

今!朝の連続テレビ小説の
“おちょやん” を見て遠い日の
一家だんらんに思いをはせているようです。

「“おとうさんはお人よし” は
「昭和 26 年に始まったんやね。

『違いますよ。

「“おちょやん” でいってたもん。
「あんたとこにはTVないやろ。

『災害用のラジオに
『ワンセグのTVがついていますよ。失礼な。
『まぁ!見ないけど。

“おちょやん” は
浪花千栄子がモデルには違いないでしょうけど
大幅に脚色していますよ。

『第一!昭和 26 年には
『あなたはまだ生まれてないでしょうがね。



“おとうさんはお人よし” は
花菱アチャコと浪花千栄子コンビの 3 作目。
最初はやはり
NHK ラジオドラマの “アチャコ青春手帖” で
その後に
“アチャコほろにが物語 波を枕に” がつづき
“おちょやん” のようなことはありません。

“アチャコ青春手帖” で
NHK が行方不明(?)の
浪花千栄子を探すいきさつと
千栄子が出演を承諾するはなしは
伝説化していて
証人(!)によって
ディティールが少々違うのですが
今回のTVのようなことはありません。

千栄子は嵐山のお寺にいたというのが
私の記憶でしたが。
中邨秀雄・元吉本興業の社長か
大久保恒次・元朝日新聞記者かが
いっていたような。

脚本の長沖一は
お花の師匠の 2 階に住んでいたといいます。

が!
アチャコの記憶では
洛中の河原町の仏光寺にいたとか。

千栄子の自伝 “水のように” を読めば
いいのかも知れませんが。

「××教の読書会で読んだことがある。

別のおばさんがいいます。

はは!
あの変な(失礼!)団体の信者でしたか。
それはともかく

「暗くてねぇ。
「千栄子さん!うらみつらみばかり。

最近!再版されているそうですが
読むのはやめましょう!それなら。

それに!こんなはなしもやめましょう。
枝葉末節なことですから。



映画館 シネ・ヌーヴォで
「浪花の名女優 浪花千栄子」
(2021/05/08 ~ 28)が始まりました。

映画の名脇役という “浪花千栄子” の
代表作 15 本が一挙に上映されます。

初日の第 1 作が
その “アチャコ青春手帖 東京編” です。
一応!第 1 作だけ観ておきますか。

1952 年!新東宝の作品です。
昭和 27 年ですよ!おばちゃん。

ラジオドラマでヒットしたから
映画化したのですよ。

ストーリィに特筆するものはありません。

ただ!
50 歳半ばのアチャコが
20 歳半ばの学生の役。

笑えますね。

やっぱり!映画化で問題が起きたそうな。

ラジオは声だからいいけど
顔や全身が映る映画には
50 歳代の学生はまずいということ。

ま!喜劇ですから
そんなリアリズムを
議論に出さなくてもいいと思うのですがね。

ゴタゴタがつづいているとき
マキノ雅弘の

「アチャコだから
「60 が 24、5 にもなるんや。

と!進言があって撮影ができたそうな。

雅弘監督は
この映画とはなんの関係もないのにね。

しかし!
浪花千栄子の母役はすごい。
実年令が 40 歳半ばなのに
70 歳ぐらいに見えます。
モノクロだからでしょうか。



余談ですが
朝の連続テレビ小説の
“おちょやん” の子役の
毎田暖乃(まいだのの)を見ると
ギスギスとした心がゆるんでしまいます。

大阪弁の中でも怖い(!)河内弁。
その中の南河内弁は恐怖の極み!
他国のものには。

「うるさいんじゃボケ~!」
「親らしいことさらせ!」
「どあほう!」

かの女がぼた餅みたいな顔でいうと
可愛い!怖いというより。

このドラマでは二役の出演。
お疲れさまですなぁ。
二役目は京都弁。
小さいのに!好演しています。

家でTVを見なくたって
朝の場末の喫茶店では見ている私です。



今でも田舎道を歩いているときに
倉庫の壁などに
浪花千栄子の “オロナイン軟膏” の
琺瑯(ほうろう)看板が残っています。

千栄子の本名が
南口(なんこう)キクノだから
軟膏(なんこう)の CM に採用されたという
伝説がありましたね。



(花菱アチャコ著/遊芸稼人/)参照
(敬称略)
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