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芥川鬼の道 阿武山怨霊 [野道!山道!恋はけもの道!]

芥川(あくたがわ)をさかのぼります。

トロッコ列車の橋脚跡だそうな。
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川沿いを走り
ここで右岸(こちら側)から左岸に
線路が渡って!下っていたそうな。
まったく歴史の中に埋もれていますね。

芥川は
大阪府高槻市を流れて淀川に消える川です。

白玉(しらたま)か なにぞと人の 問ひしとき
  露とこたへて 消えなましものを

男がやっとのことで盗み出した女と
この芥川(芥河)のほとりを逃げていたら
日が暮れたのですね。
女は鬼に食われてしまいます。

そして詠(よ)んだのです。

あの人が夜露を白玉ですかと問うたとき
私はその露のように
消えてしまっていたらよかったのに。

伊勢物語です。
男は希代のプレイボーイ
在原業平(825 ~ 880)でしょうか。
女は若いころの二条の后(文徳天皇女御)です。

男が女を背負って逃げているところを
見つかったのです。
それを「鬼に食われた」といったのですね。



のどかな川べりに
「芥川緑地資料館 あくあぴあ芥川」という
立派な建てものがありました。

ミニ水族館もありますね。
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わ!「ギギ」がいた!
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なんとなくなつかしい。
この川でも棲息数が激減しているとか。
河川の改修と農業事情の変化がそうしたのでしょう。

なぜかスナネズミの女の子たちがいて
団子になっていました。
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まだ春は遠いですね。



ん?!
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ああ!ここは摂津峡の最下流ではないですか。

摂津峡に行くときにはバスを利用するばかりでした。
なんだ!
JR高槻駅から簡単に行けるじゃないですか。

桜広場にかけ上がります。
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まだつぼみはかたい。

見下ろす摂津峡も冬景色のまま。
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上れば展望デッキが。
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展望デッキから東を見れば
山頂に広場らしいものが。
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芥川山城跡というのだそうな。
なかなかいいロケーションじゃないですか。

高槻市の摂津峡青少年キャンプ場の
第2キャンプ場がありました。
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山頂近くに。
ちゃんと「水」も「便所」もあります。



西に下ってから!阿武山に上ります。

だらだら歩いていたら山頂。
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南に下れば阿武山古墳。
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土盛りはありません。
山肌を掘って玄室を造ったようですから
外見はなにも面白い形はありません。

藤原鎌足(614 ~ 669)の墓ですね。
だれも断定していませんが
100 %そうだと私は思います。

昭和 9 年(1934 年)偶然発見されたときには
完全な骨格が残っていて
写真を撮った後
すぐ埋めもどされたとか。

今一度調査発掘してもらいたいものです。

京大阿武山地震観測所に下ります。

前回にきたときには(拙ブログ 2009/10/16
こちら側から上ったのですが
それからどう下りたのやら。



上の池公園を経て
ハニワ工場(こうば)公園に着きました。
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新池遺跡と呼ぶのだそうな。
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埴輪を焼く窯(かま)18 基!
作業場 3 棟!
竪穴式(たてあなしき)住居 14 棟があったそうです。

発掘された状態のままの窯が保存展示されている
ハニワ工場館でハニワ(埴輪)の学習ができます。

このあたりは「土室(はむろ)」というのですか。
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「土器」とか
ハニワを製作していた「土師(はじ)」に
関連した名前でしょうか。



(石田穣二訳注/伊勢物語を読みました)
(敬称略)
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